晴天~あめあがりの続き。最終回 | cocktail-lover

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ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

 時間は淡々と過ぎていった。

 

 幸いにもマルテイーヌは、誕生日に身に付けるアクセサリーを買いに、父パトリックと共に町の大きな小間物屋に出かけている。娘に甘い父親のことだ。帰りには洋服屋にもよって帰ってくることだろう。

 

 もう少しだけアンドレはオスカルとの距離を縮め、ふんわりと彼女の手のひらに自分の手をおいた。

その事に安堵したのか、オスカルは透明感のある笑みを浮かべた。

 

 ふとアンドレは気が付いた。それはほとんどの人が・・・もしかすると大奥様ですら、気づかないかもしれない・・・変化を彼女に感じた。ほっそりとしたローブは彼女の体の見事な流線型を引き立てているけれども、そこに何か、柔らかな変化が起きていることを彼だけは見抜いた。

 

 「オスカルお前、もしかするとお腹に赤ちゃんが・・・?」

 「何だ、今ごろ気づいたのか?」オスカルは悪戯っ子のように、アンドレに笑った。

 「すごいぞ、泣く子も黙る衛兵隊隊長が来年は母になるんだ。」

 「そうか…おめでとう。」アンドレは目を細めた。自分が生涯をかけて愛したオスカルは、やがて

貴族の男の子供を産むんだな。今日が本当に‥・お別れの日、という訳か。

 「体調は大丈夫なのか?…こんな所にいて体が冷えないのか?」

 「大丈夫さ。」オスカルは俯いた。どうした?お前も俺とのお別れを悲しんでくれているのか?

 

 「オスカル様、さあ勇気を出して言っておしまいなさい。オスカル様が悪いわけでもアンドレが悪いわけでもないのです。神様がお似合いの二人をどうしても離したくなかったのです。」

いつの間にか傍にやってきたポリーヌはオスカルに囁いた。

「そう・・・だね。ありがとうポリーヌ。いつもお前は姉のように私に正しい事を言ってくれる。」

オスカルはアンドレの方に向き直った。「?」アンドレはこれから彼女が何を言い出すのか、と待った。

 

 「お腹の子はアンドレ、初夏に生まれる。」オスカルは息を吐いた。「お前との子なんだ。」

 

アンドレは息をのんだ。驚いたが・・・それがごく当たり前の事のように喜んでいる別の自分がいた。

でも何故?クリストフと結婚して数か月になるはず。彼との子供ではないのか?

 

「もう一度、言ってくれないか?俺の子をいま、お前はお腹の中で育ててくれていると?」

「そう・・・だよ。あの時の‥・赤ちゃんだ。」少し彼から目を背け告白する彼女をアンドレはすっぽりと

包み込んだ。

「すまなかった。もうすでに、立派な貴族の奥様なのに・・・。俺は」

「クリストフはすでに知っているんだ。いやむしろ、喜んでいる。」

は?何を?自分の美しい妻がかつての従僕の種を宿していることに何故喜ぶ?

「話を聞いてくれるか?アンドレ。」アンドレはこくりと頷いた。

 

「婚礼の夜。私はクリストフの寝室に行った。私なりの覚悟はしているつもりだった。クリストフはとても穏やかで静かな男だ。私は彼の家の侍女達にされるがまま、レースを施された夜着と香りを身に付けて彼の前に立った。ところが彼は言ったんだ。

『君も婚礼で疲れているだろう?少し時間を潰してから自分の部屋で休むといい。私も実は少し疲れ気味なんだ。』正直、ホッとしたよ。だってお前以外に肌を見せたことはなかったから。言い方は失礼だが少しだけ執行を伸ばされた死刑囚のような気持ちだった。侍女達の手前、クリストフと雑談をして適当な時間に自分の部屋へと戻っていった。

 それからも同じ夜がしばらくの間続いた。そして、私は自分の体の変化に気が付いた。比較的規則的だった自分の体が…おかしいのだ。クリストフとは何もない。間違いない、と思った。」まるで司令官室で報告書を朗読するようにオスカルは淡々と話し続けていた。

「クリストフにも、ましてやお前にも申し訳ないが私は嬉しかった。お前との子が自分の中に生きていると知ってね。でもこの子は、歓迎されない子だ。それならばいっそ、全てを白状して子と共にお手打ちになろうと決めたんだ。もしかするとお前も同様にお手打ちになったら今度こそ、親子3人で

あの世で一緒になれる、と。婚礼から一か月が過ぎようという夜、私はクリストフに全てを打ち明けた。

そうしたらね。」

 

アンドレは次の言葉を待った。

 

「彼はお腹の子供を自分の子供という事にしてくれ、と私に言うんだ。何故かって?彼はね・・・。」

「彼は?なんだ?」

「…‥クリストフは、男性しか愛せない男だったんだ。彼のご両親はその事を知らず、孫の誕生を待ちわびている。だから、お前とのことを咎める気は全くない。ただ、お腹の子を自分との子供として育てたい。その代り、自分のどうにもならない同性への愛については両親に臥せておいてほしい、と。お互いにこの秘密を墓まで持っていってほしいと、彼は私に頼んだ。」

 

アンドレは言葉を失った。身をひき裂かれるような気持ちでオスカルの幸せだけを祈りながら身をひいた。それなのに、彼女のこれからの人生はどうなってしまうのだ。

 

「お前の、オスカルの人生はどうなるんだ・・・!お前を幸せにしてくれるのなら、と俺は。俺は・・・。」

「でもアンドレ。私は嬉しいんだ。これからもずっと、お前との子供を可愛がって、お前とのあの日を思い出に誰にも体を差し出さないで済むのだぞ。そうは思わないか?」

そう言ってアンドレの方に向けられた彼女の瞳から、涙が溢れた。

「オスカル頼む・・・。お腹を、触らせてくれないか。」アンドレは震える手で、彼女のまだ少しも膨らんでいないお腹を優しく羽のように何度も撫でさすった。

 

別れの時が来た。オスカルの手を取り馬車にのせると、アンドレはポリーヌに感謝の言葉を述べた。

「ポリーヌ。こんな俺が言える立場ではないけど子供のこと、お願いします。俺が傍にいてやりたいけど、それはできないから。」

「もちろんよ、アンドレ。私の大事なあなた方の赤ちゃんですもの。そしていつか、落ち着いたら

アンドレ、ジャルジェ家に遊びに来てやって。私が何とかオスカル様と赤ちゃんを連れて行きます。」

アンドレはポリーヌを抱きしめた。

 

馬車の窓越しに、オスカルとアンドレは見つめ合った。今度顔を見ることができるのは・・・わからない。

「そろそろ、お出ししてよろしいですか?」御者に促され、馬車は動き出した。

 

馬車が屋敷の門をくぐり、緑の中を走り抜け、一つの点ほどの景色になっても、アンドレは馬車が見えているかのように手を振り続けた。

 

 

 

 瞳の中に溜められていた涙が、瞳を開くと同時に左右の目尻から溢れだした。ゆっくり、ゆっくりと

オスカルは目を開けた。

 

 ああそうだ、猛烈な陣痛に襲われて私は・・・・とオスカルはベッドに横たわったまま、目線を落とした。自分の左手を包んだまま、椅子に座りうたた寝している彼の姿にオスカルはほうっとした。

 

 「アンドレ?」

 「オスカル!ああオスカル!気が付いた?出産後死んだように眠っていたから心配で。」

「あの、マルテイーヌ嬢は?パトリック氏はいないの?」

「え?誰だそれは?何か悪い夢でも見ていたんだな。それよりも喉は乾かない?腹は減っていないか?」

 「大丈夫だよ。もう、心配性だなあ、アンドレは。」

「あ、ああごめん。じゃあ先生を呼んでくるから、待ってて。」

アンドレは部屋を出て医師を呼びに行った。その後姿をオスカルはホッとして見送った。

 

良かった、父親がアンドレで。そして今、二人が夫婦でいられて。

 

長い長い夢を見ていたような気がする。アンドレと一夜を共に過ごした後、私達衛兵隊は自由と平等のために戦った。そして負傷しながらも革命後を何とか生き延びた。なんとかアンドレの故郷へたどり着き、まわりの人たちに助けられながら、村の若い夫婦として営んできたこの1年だった。

 

妊娠を告げられるも、幸せの瞬間にいつも頭をよぎるのは、全てを捨ててきた過去・・・ジャルジェ家の愛する両親、姉妹達のこと。

 

もともとが細身ゆえに、ひどいつわりと、責任感の重圧で、度々悪い夢を見た。

 

自分が知らぬ間に、父が縁談をまとめ、母上がアンドレの縁談をきめてきた夢。

自分の立場をわきまえたアンドレが、自分を愛しながらも身を引いていった夢。

 

夢を見るたびにオスカルは泣き、隣に眠るアンドレにすがって眠る日々が続いた。

 

「ほうら、天使を連れてきたぞ。Mon amour,この人が母様だ。美しいひとだろう?」とアンドレがそうっと生まれたての我が子をオスカルの隣に横たえた。壊れ物を抱くように我が子を抱いたオスカルは、

そのまま、アンドレによりかかった。

「ん?まだ起きるのが辛いか?」

「ううん。長い、長い夢を見ていたんだ。お前と引き離されて、お前の子供はお前に会うこともできない。とても悲しい夢だった。」

「う~ん。それはとても悲しいな。多分俺なら・・・・いや!考えるのすら、こわい。」

「うん、そうだね。」オスカルは子供の顔をみた。金髪は自分に。柔らかな目元は彼、だろうか。

 

「いつか・・・父上と母上にお見せしたい。私達の子供を。」

「そうだな。俺も、見ていただきたいと思う。」

 

きっと父上も母上もわかってくださるだろう。あのお二人も愛し合って一緒になった夫婦だもの。私の愛したアンドレだから。小さい頃から見知っている彼だもの。

 

もう、今日からはオスカルが悪夢に悩まされることはないだろう。

 

もう一度子供を夫の手に預け、彼女はまた、安心しきって眠りについた。

 

妻の寝顔に口づけし、アンドレは子供をゆりかごに寝かせつけた。

 

外は晴れがましいほどの、晴天だった。

 

おしまい。

 

 

お粗末さまでした。どうしてもこの二人は離れてはいけない二人なのです。