メトロ 4番線ホーム | cocktail-lover

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ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

 温かな眼差しを感じた今日の朝、私は4番線ホームで電車を待っていた。

 

昔、子供の頃に見たハリウッド映画「シックスセンス。」死者の姿や、声が聞こえる少年が苦しみながらも

現実に向き合っていく映画だ。主役男優の最期がなんとも切なく、好きな映画だが、とても怖くて。

だから私は、シックスセンス(第六感)なんて絶対信じようとしていなかった。

でもこの暖かな予感は何だろう。

私は導かれるように、向かい側の3番線ホームを見た。そこには、長身で黒髪の男性が柔らかな笑みを浮かべこちらを見ていた。

 

 昨日の午後から、私は大変疲れていた。中学校で非常勤講師として働いている私の生徒達は、何らかの理由で、同級生と教室で授業を受けられない子供達。理由は同級生によるいじめ、

家庭の事情によりコミュニケーションの取り方が極めて困難だったりと様々だ。私はそんな生徒達にシンパシーを感じ(私もまた、クラスで浮いた存在でいじめも経験していた。)できる限り彼らと同じ目線で接してきたつもりだ。そのかいあってか、最初はなかなか打ち解けてくれなかった彼らは、徐々に徐々に

私を教師として、学校生活を送るようになっていってくれた。

 それなのに、近々発動されるであろう、学校への休校要請。未だかつてない、新型コロナという強敵に対して致し方ない避難方法ではあるけれど、今まで培ってきた私や級友との関わりから離れ、生徒達はうまく勉強をしていけるだろうか?私の心配事はつきない。

かくなるうえは、リモート授業を自ら行い、徹底的に彼らと付き合おう。

私は自宅の部屋を片付け、質問にすぐ答えられるよう机を整えた。リラックスさせるように、机の上には花とお気に入りのキテイのぬいぐるみを置いた。

 

 駅のホームで眠そうな顔をしていたであろう私に向かって微笑んでくれた彼に、最初はとまどったものの、彼に対して内側から湧き上がる安らぎを感じてしまった私も微笑み返した。

彼は少年の様な笑顔をもう一度見せてくれると電車の中へと消えていった。

 こんなときめき、何年振り?高校時代、同級生の男の子と付き合ったことがある。でも、未熟だった私達の恋はちょっぴり悲しい想い出を残したまま、終わってしまった。

それ以来、恋には臆病になってしまった私。勉強と仕事に打ち込むことで、色恋に結び付く感情は無意識に封印していたのかもしれない。そんな私を今日、神様は心配されたのだろうか?

 

あくる日の朝、いつもと同じように起床し、珈琲を飲んだ私は迷っていた。

彼は今朝、あそこに立っているだろうか?でも、同じ時間に行って彼が他の女性とでも話していたら?

彼は何となく目があって微笑んでくれただけかもしれないのに?

うじうじと考えているうちに、時間は過ぎていく。もう少しで彼が乗るであろう電車の時間になった。

私はバッグをひっつかんで駅に向かった。

4番線ホームに行くと、丁度反対側の電車が動き出した。私は食い入るように車窓を凝視した。

そうしたら。

彼は電車の中、4番線ホーム側の窓際に立っていた。「私はここよ!」そんな気持ちを込めて、彼に

手を振った。彼は、びっくりしたような顔のあと、あの、ひまわりみたいな笑顔を見せてくれた。

 

それからの数日、私達は線路を挟んでホーム越しにちょっとした朝の挨拶を交わした。

「おはよう。」

「おはよう・・・ございます。」

「天気がいいね。サボってどっか行きたいよ。」

「私も。あ、その前に洗濯しないと、かな?」

 

まるで面白くない話をしているんだけど、この朝の儀式は私をとても元気にさせてくれた。

そんな日々がしばらく続いたある日。

私は迫りくる休校要請・・・つまり、私と私の生徒達とのリモート授業・・・の用意をしていた夜に、仲の良い同僚からラインが入り、夜更けまで話し込んでしまった。

 

そして朝。いつもの時間はとうに過ぎていた。しまった・・・!彼が乗る電車はあと30分で発車してしまう。

私はメークも簡単に済ますと、部屋をでようとした。

「あ、いけない。マスク忘れた…。」コロナ騒ぎの前はマスクをする習慣がなかったので、慌ててマスクをつけて駅に向かった。

いつもの時間。次の電車にあの人は乗ってしまう。もう、自分でも何だかわからないような焦燥感にかられた私は、駅の構内に入ると4番線ホームに続く階段めがけて走った。

その時、ヒールのかかとが床の溝にひっかかり、転倒してしまった。

「痛っ・・・。」なんだか今の状況、滑稽だし情けない。でも、軽く足を引き摺りながら階段の方へ向かった。

え・・・?嘘でしょ?

階段の登り口のところに、彼が立っていた。

私の姿を見ると微笑んでくれた。「おはようございます。」

「あ・・・あの、おはようございます。電車、乗らなかったの?」

「実は僕、もう少し遅い電車で大丈夫なんだ。あ、それよりも。」彼はポケットからきれいに折り畳んだ

メモを取り出した。「明日からテレワークなんだ。君の姿が見えなくなってしまうのがいやで。これ、

僕のメアドと携帯番号。もしよければ、だけど電話が欲しい。でも、もしもウザいと思うなら、後で捨てちゃって。」

私は父親譲りの切れ長な目なのだが、多分、今私の瞳は夜の猫みたいにまん丸になっているはずだ。

 

彼を凝視する私。そんな私の顔を心配そうに見る彼。

私はおずおずとメモを手に取った。

「あとで・・・LINEの交換を。夜7時頃になっちゃうけど、いい?」

彼の顔がぱあっと明るくなった。本当に表情が豊かな人だな、この人。

「もちろんだよ!ありがとう・・・でも、怪我したの?何だか足を引き摺ってるみたいだった。」

「あ、これ?寝坊して走って来ちゃったんです。それで転んで。」

「それはいけない。」彼はポケットをガサゴソ探っていたが、傷テープを一枚取り出した。

「よかったら使って下さい。すみません、朝急いでたのかな?」

「え?あの、違うんです。あなたと、朝の挨拶をしたくて。」

マスクごしでも、彼が驚いているのはわかった。私は・・・マスクをしていてよかった・・・顔、真っ赤に

なっているはずだ。

「僕はアンドレ。アンドレ・グランデイエといいます。お名前を。」

「私はオスカル。オスカル・フランソワです。」私はめいっぱい、余裕ありげな微笑みを返した。

「私ももうすぐテレワークなの。それじゃ、今夜7時に。」

私達はそれぞれのホームへ急いだ。

 

続きます。