あの花をおまえに12 | cocktail-lover

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ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

 ベッドに横たわりながら自分に微笑みかけるオスカルの顔を見て、エレナはその美しさに

あらためて息をのんだ。ア、アハハ…とってもかなわないや、私なんて。

 

 その時、ドアをノックする音。

 アランはハッと身構えたが、「私よ。」という声に、ホッとしてドアを開けた。

「ああ、シモーヌすまないな。お前自分の店の仕事もあるんだろうに。」

「何言っているの、オスカル様とアンドレのためだもの‥‥あら、お客様?」オスカルの着替えと、昼食を運んできたシモーヌは、エレナに気づいた。

「はい、市場で花を売りに近くの村から度々来ています。」

「花を…ああ。」シモーヌは微笑んだ。いつだったか、オスカルが店に来て、アンドレが花市場へ足繁く通っていると言っていた。市場の可憐な少女にアンドレが微笑みかけることにオスカルがやきもきしていたのを思い出したのだ。

「じゃあ、アンドレのお見舞いに来てくれたんだね。ウフフ、アンドレも隅に置けないなあ、こんなかわいい子に心配されちゃって。」シモーヌはアンドレの肩をつっついた。

「さ、アンドレ。オスカル様の着替えをするから出てって。アンドレも何か食べなきゃ。」

「ああ、すまないシモーヌ。まだ腹は減っていないよ。」

「ダメよ、アンドレ。オスカル様を支えてあげたいんだったら、自分もしっかり食べて、少しでも早く元気にならないと。」そう言って、アランとアンドレを促した。その時だった。

「アンドレとアランも、食事をしてきてくれ。私は少し、エレナを話をしたい。」そうオスカルが言ったので、エレナは驚いた。

「エレナ、少し私の話し相手になってくれないか?」その美しい笑顔に、エレナは頬を染めてこくんと頷いた。

 

 ベッドから起き上がって、オスカルはアンドレが腰掛けていた椅子に座るよう、エレナを促した。エレナは緊張しながら、椅子に腰かけた。

「あの…お体大丈夫なんですか?」

「ありがとう…。アンドレやアラン、シモーヌや他の人達がかわるがわる世話をしてくれて

大分いいんだ。感謝してもしきれない。」

「そんな…だってオスカル様は私達のために、貴族様をやめて戦ってくれたのでしょう?

それでそんな怪我を。」

「うん、それがね。」オスカルは弱々しく笑った。

 

あの日、バスティーユが陥落した運命の日。オスカルは陣頭指揮をとりながら、馬上にいた。

その時、敵方の銃弾がオスカルを目がけた。しかし。

皮肉な運命が彼女を救った。

肺の底から突き上げる血で、オスカルは激しく咳き込み、落馬した。そのおかげで、銃弾を逃れたのだ。否応もなく、救護室に運ばれたオスカルは、ベッドの上で、バスティーユ陥落の

歓声を聞いた。そして彼女の意識は薄れ、深い眠りに沈んだ。

それからが大変だった。重傷ながらようやく死の淵から逃れたアンドレは、オスカルのベッドの脇を片時も離れようとしない。アランがどやそうと、懇願しようと、看病しようとするアンドレを見るに見かね、シモーヌが暇を見つけてはオスカルの看護にくることになった。

「この二人のことじゃ、ほうっておけるわけがないよ。」そう言って笑いながら、シモーヌはかいがいしく、オスカルの世話をし、アンドレの尻をひっぱたいて、無理やり食事をとらせた。

 

「本当に、かつてはやんちゃな妹みたいだったシモーヌが、今はしっかり者の姉のようだ。」

オスカルは微笑んだ。また、花が開いた、とエレナは思った。

「そういうわけで、軽度とはいえ、私は肺を患っているんだ。怖くないか、エレナ?」

「いいえ、ちっとも。私、健康だけが取り柄ですもの。」エレナは年頃の娘らしく、元気に答えた。「あの‥‥」

「ん?なあに、エレナ。」

「アンドレはオスカル様にひまわりの花を見せたいんだって言っていました。大事な人に見せたいのだ、って言ってました。私みたいな小娘が言うのなんて生意気だけど、オスカル様の事、とっても愛しているんだなって思っています。オスカル様は、アンドレの事愛していますか?」

「うん‥‥。」オスカルは照れくさそうに答えた。「ずうっと…気が遠くなるくらいの時間、私は彼を愛していたことに気づかなかったんだと思う。そのことを気づかせないくらいに、そうッと、優しく控えめに私に寄り添っていてくれたアンドレに甘えてきたんだ。今はね、もう、どうして今までの時間を…アンドレが私を想い続けてくれた時間を…感謝を込めて埋めていけるだろうか、ってもどかしく思うくらい、彼の事、愛してる。」そして、オスカルはエレナの頭をそうっと抱き寄せた。「ごめんね。エレナもアンドレの事好きだったんだよね。こんな、一人ではなんにもできない女がアンドレの事を愛してしまって。」

エレナの瞳から、ポロポロと涙が流れた。ああ、これであきらめがつくわ。オスカル様の気持ちがわかったから。

「いいえ、オスカル様。初恋が素敵な人でよかった。初恋が素敵な終わり方をして良かった。初恋の人が、素敵な人と想いが通じてよかった・・・・。」嗚咽がとまらない。

「ありがとう。」オスカルもまた、声を詰まらせ、エレナを抱きしめた。「毎週のようにアンドレの部屋を飾ってくれていた花は、とっても綺麗で優しかった。アンドレの心をどれだけ満たしてくれたことか。不器用な私だが、アンドレの目になって、これからの人生を共に生きていくから。

可愛いエレナ、おまえも自分を思ってくれている人の存在を大事にしていってね。」

オスカルとエレナは、しばらく抱き合ったまま、泣いては笑いあい、笑っては、泣き合った。

 

ドア一つ隔てた向こうで、アンドレは照れくさそうに、シモーヌはははん、と言った表情で肩をすくめていた。

 

一か月後。

「オスカル、寒くならないうちに、帰ろうか。」

「いや、もう少しこのままでいたい。海からの風がすごく気持ちいいから。」

それでもアンドレは、オスカルの背中にショールをかけてやろうとしたが、オスカルはそれを

ことわった。代わりに背中からアンドレの胸にもたれかかり、まるで野生を忘れてしまった猫のように、う~んと胸を逸らせてアンドレの鎖骨のしたあたりに顔を傾け、目を閉じた。

「これが一番、気持ちいいや。」

 

気候が穏やかなこのフランス南部の土地に、オスカルとアンドレは居を構えた。パリでシモーヌの店を大変贔屓にしている実業家の紹介で、ここで大きな植物園を営んでいる女性の下で、香料植物の栽培をすることになったアンドレ。見えない部分をオスカルが彼の目となり、

助けていくこととなった。

もとよりその女性は、自分と同じく働いてきたオスカルの清廉な生き方と、美貌に感激し、

アンドレが貴族の家で培った茶葉の知識や盲目になった分、鋭敏になった嗅覚を高くかってくれた。何よりもロマンチストなその女性実業家は二人が身分を超えて愛を成就することができたいきさつに涙して、ぜひ自分の元で働いて欲しい、とわざわざパリの救護所へ赴いてくれたのだ。そこにいたるまでに、シモーヌの並々ならぬ努力があったことは言うまでもない。

 

「全く‥‥パリで小さなシモーヌを救った時は、こんな風に助けてもらえるなんて思ってもいなかった。」

「そうだな。感謝してもしきれない、彼女には。」

「エレナにはすまないことをした。彼女、お前が初恋の人だったそうだ。」

「え?そうなの?」知らないふりをして驚くアンドレ。「こんなおじさんに滅相もない。それよりな、オスカル。衛兵隊にいたレオナの弟が、実はエレナに想いを寄せていたんだ。知ってた?」

「えっ?そうだったのか?知るわけないだろ。」

「そう。それで弟は告白して、エレナは少しずつ彼と市場にでたり、その後パリでお茶なんか飲んだりしているらしいぞ。」

「そうか、よかった・・・・。何せ彼女の初恋の男を奪ってしまったのが私だからな。」

二人、コロコロと笑いあう。

 

海の風が優しく二人の頬を撫でる。そろそろ、家へ戻らなくっては。

「アンドレ。」

「何?オスカル。」

「幸せか?今。」

「何をわかり切ったことを言ってるんだ。お前こそ俺の様な盲目の男と一緒になってしまって。」

「バカなことを言わないで。私はこんな、病を抱えた女を妻にして幸せか、と言っているんだ。」

 

アンドレはオスカルの顔を自分に向かせた。

「オスカル、俺達はあの、バスティーユ陥落の日に、死んでいたかもしれないんだ。それが、色々な神様の計らいで、命を長らえた。人はね、いつかはその生を終える。その最後の日まで、愛し合う人間と共に、何でもない日々の生活を送ることが、俺達が感謝しながらなすべきことだと思うんだ。」そして、オスカルの頭をふんわりと抱いた。

 

「愛に満ちて日々を送ろう。神が二人を別つまで。」

 

オスカルの瞳から、宝石のような涙がポロポロと溢れだす。唇に流れ落ちる涙ごと、アンドレは自らの唇ですくい、オスカルをしっかりと抱きしめた。

 

「俺達の小さな家に、今度こそお前がのぞむ花を、たくさん咲かせよう。」

 

茜色の空の下、二人は口づけを繰り返した。

 

おしまい

 

 

長々とすみませんでした。二人の引っ越し先はグラースをイメージしていますが、あくまでも架空の場所です。歴史的にはかなりでたらめな部分がありますが、お許しくださいませ。今まで、小説やら漫画でさんざん二人を殺してきたので、今回は幸せに生きてもらおう!と思った次第でございます。