「これ…アンドレ。でも、どうしてかな?」
立ち寄った雑貨屋で、オスカルは不思議そうにあるものを手に取った。
アンドレと結婚するまでは、普段使う食器などにはさほど興味がなかったオスカル。耐熱性があり、シンプルなデザインで、電子レンジに入れてもオッケーなものをササッと買ってきて使用していた。
できうる限り、自分の翻訳者としての技量を高めるために時間を費やし、他の日常生活はできるだけシンプルに、と努めていたからだ。
でも、アンドレと結婚してから、日常生活の一つ一つが毎日違う色で彩られていること、それに合わせて、身の回りの物を変えてみることが面白く楽しいものだったのだ、という事にオスカルは驚き、楽しんでいる。
例えば、毎日使うコーヒーカップ。彼が出勤する時は、堅牢でシンプルな柄のダンスクのマグカップ。白地に蒼い花の模様はコーヒーがとても美味しそうに見える。休日の朝は、白地にフルーツの模様が可愛いジノリのカップを使うと楽しい1日が始まる予感がする。
土曜の夜には、ウエッジウッドのピオニーシェイプのテイーカップ。
カップの底には艶やかなブーケが描かれていて、何ともロマンチックな気分を運んでくれる。二人の甘い夜の前奏曲にふさわしい。
そして、おのおののタイミングごとに二人のチョイスは面白いくらい一致しているので、それが面白くもあり、嬉しくもあった。
別々にシンプルな一人暮らしをしていた二人は、結婚してからは休日ごとに雑貨屋に足を運ぶことが多くなった。ちょっぴり高めのテイースプーン、洒落たランチョンマットなどを二組ずつ、買っていく。こんなささいな買い物はまるで鳥の巣作りのようで二人にとっては実に幸福を感じる一時である。
今はペアで買っている細々としたものが、家族が増えるとともに、一つ、また一つと増えていく将来は、とても和やかで喜ばしい事なのだろうな、と思いつつ、今の”おままごと”みたいな買い物が一日でも長く続けばいいな、と二人とも思わずにはいられない。
2週間ほど前、二人の住むマンションの近くに可愛らしい雑貨屋がオープンした。今度の休みには一緒に行こう、と約束はしたものの、1ケ月後はクリスマス。クリスマスは保育園児達にとって、待ちに待った楽しい行事。同時に保育士達にとっては多忙な時期だ。
クリスマス向けの童話の翻訳は昨日出版社に提出して、今日は完全オフ。しかもアンドレは早く帰れるって言っていたよな・・・。
よし、決めた。今夜は私が何か美味しいものを作ってアンドレを驚かせてやろう…。
そう思いついたオスカルは、さっそくスーパーに買い出しに出かけた。
ネットでメニューを検索しつつ、食材を買い込み、帰り道を急ぐオスカルの目にとまったのは、クリスマス用デイスプレイが華やかな例の雑貨店。オスカルの足がふと止まった。
どうしよう。アンドレと行くって約束してあるんだけどな・・・。
先週の日曜日は休日出勤だったアンドレ。クリスマス会の企画、園児達に配るお菓子の詰め合わせをどこで購入するか、等々、保育士の仕事は細かく多岐にわたっている。したがってまだ二人とも雑貨屋には足を踏み入れてなかったのだ。
大きなもみの木に飾られている愛らしいオーナメントや点滅するイルミネーションの誘惑にオスカルはとうとう負けてしまった。
「アンドレに送るクリスマスプレゼントの下見にもなるしね。」と自分に納得させつつ、店内に入ったオスカルは「うわあ」と思わず歓声をあげた。
サンタクロースはすぐそこに隠れているんじゃないかな、と思わせるようなワクワクするようなクリスマスグッズが店内をにぎわせている。モミの木のデザインがあしらわれたランチョンマット。長靴をあしらったグラスや、サンタクロースが家を訪れた時のためのおもてなしのクッキーやカップまである。小さな子供達に囲まれた将来の自分達の食卓を思い浮かべ、オスカルの頬は思わず緩んでしまった。その時。
オスカルの目を強くとらえたのは、深緑色のベルベットのリボン。
愛娘の髪を優しく束ねてあげるリボンかしら?それとも優雅にモミの木を囲ってあげるものかしら?
でも、オスカルはそのリボンを見た時に自分の最愛の夫を想った。
いや、想い、というよりは甘い疼き。なんだかたまらなく切なく、懐かしい感情を覚え、それがどうアンドレと結びつくのか自分でもわからなかったのだが・・・・。
オスカルは、そのリボンを50㎝ばかり買って帰った。