12月8日を記憶せよ。
昨日、椎名林檎のコンサートにより自分自身の中に「負の昭和史」が掘り起こされた旨を書いたばかりだが、それに輪をかけるかのように、本日は、わが意識に更なる昭和の暗雲が立ち込める。というのも、12月8日は、言うまでもなく開戦記念日なのだ。昭和16年12月8日、真珠湾攻撃がおこなわれ、太平洋戦争が始まった。詩人・高村光太郎が「記憶せよ、12月8日。この日世界の歴史改まる」と称讃した本日は、ご存知のとおり、反戦を訴え続けたジョン・レノンが暗殺された日でもある(昭和55年)。脳裏の奥底から爆撃音やら銃声やらが響いてくるような気がするのは果たして幻聴のせいか。
そんな、ざらついた昭和への歪んだ郷愁に浸りながら、一昨日はテレビ朝日で放映された「男装の麗人~川島芳子の生涯~ 」を食い入るようにして見てしまった。黒木メイサの川島芳子はイメージ的に文句なし。彼女こそは、川島芳子の男装が最も絵として映える女優だと思った。過去の様々な川島芳子役の中でもダントツに適役だったと思うし、黒木メイサ的にも代表作たりえるものではないだろうか(ちなみに、1989年フジテレビ「さよなら李香蘭」では山田邦子が、2003年テレビ朝日「流転の王妃・最後の皇弟」では江角マキコが、2007年テレビ東京「李香蘭」では菊川怜が、それぞれ川島芳子を演じてきている)。
ところで、真っ当な流れとしては、川島芳子が徐々に落ちぶれて、敗戦で漢奸として逮捕され、41歳で処刑されるところまで、ずっと黒木メイサが演じると誰もが思うはず。なのに、ドラマでは38歳~41歳の最期の短い部分だけ、何故か真矢みきが芳子を演じたのである。ドラマの大部分をさんざんメイサ=芳子に感情移入させておいて、悲劇性の最も高まる部分で主役が突然変わってしまうのだ。見るほうとしては、それまでの集中力が完全に砕け散り、本来得られるべき最良のカタルシス効果を取り上げられてしまうわけだ。そこには、ただやり場のないモヤモヤした気持ちが残るだけ。真矢みきは素晴らしい女優だと思うが、今回の役回りは彼女にとってもあまり得ではあるまい。そこに一体どのような制作側の意図があったのか、或いは如何なる制作的事情があったのか。川島芳子の謎めく生涯以上に、謎めいた気持ちを多くの視聴者は抱いたに違いない。
他のキャスティングについては、高島政伸の皇帝溥儀は実に結構。堀北真希の李香蘭はまあまあ良し(「何日君再来」を歌うところは特に良し)。平幹二郎の川島浪速や仲村トオルの甘粕正彦は悪くはないものの、髪型に疑問あり。そして吹越満の田中隆吉はさすがにイメージから遠過ぎたなあ。かつて津川雅彦が東條英機を演じた「プライド・運命の瞬間」(1998年)という東映映画があって、そこではパチパチパンチの島木譲二が田中隆吉を演じたのだが、これが一番実物のイメージに近かった。現代史をドラマ化するにあたっては、表面上は実在者にイメージを近づけることに最大限努力して欲しいなあ。そのうえで大胆に虚構を演じてくれると、見るほうも虚実の皮膜に騙される快楽を味わいながら、物語を堪能できるのだ。なんというか、私達は民放の歴史ドラマには、あまり前衛的な手法など求めたりはしないわけで、古来の、ベタで基礎的なドラマトゥルギーさえ全うしてくれれば満足なのである。川島芳子をドラマ化した心意気は高く評価したいが、どうせなら「カタルシス」なり「虚実の皮膜」なり、視聴者にわかりやすく受入れやすい外形を整えて貰いたかった。それでこそ、川島芳子の数奇な運命を、歴史的問題意識を抱くとっかかりになるというもの。
…さてさて、そんなことを考えながらも、今日12月8日はとても大事な日、画家・橋本倫さんの「新作展」初日 ということで、会社の仕事終わりで銀座のなびす画廊に行った。橋本倫さんとは、ネット上では数年前から出会っていたが、現実に本人と会ったのは今年の6月22日、多摩美術大学美術館の「絵画のコスモロジー」 という展覧会の初日に招いていただいた。「絵画のコスモロジー」は、小山利枝子・黒須信雄・橋本倫という3人の作家による、文字通り宇宙論的な拡がりや深みを感じさせる企画展だった。その時、橋本倫という作家と実際に話をして、凡百の現代アート作家とは一線を画した、なんとも特異で反時代的ともいうべき人物性に大いなる畏れの感情を抱いた。その詳細は後日改めて述べるが、彼の内部には数多の言葉と数式を伴う壮大な宇宙が渦巻いていたのである。以来、その渦が放つ磁力に私も吸い寄せられ、今回の個展にもさっそく駆けつけた次第。2008年に創られた新作ばかり7点を集めた今回の個展、小規模ながらも意匠は強烈。橋本さん本人も会場にいて、懇切丁寧に自己解説をしてくださり、作品に秘められた奥行きの深さを知らされると、私の狭くて雑然とした脳内でも色々な想像力が活発に作動するようになった。それについても語り出すと長いので、後日の楽しみにとっておく。で、そのこととは別に、今日は、橋本さんの或る心遣いに感動させられた。私が会場に着くなり、「どうぞ」と差し出してくださったのは、最近の読売新聞の、「陸軍登戸研究所」に関する記事の切り抜き。読売新聞をとっていない私には大変有難い情報提供である。というのも、実は私に“負の昭和”を強く意識させるきっかけを作り、橋本さんともあながち無関係とは言えない“昭和の遺物”、それこそが「陸軍登戸研究所」なのだから。それは我が家のすぐ近くにあった。そして、川島芳子が馬で駆け抜けた落日の曠野・満州は、「陸軍登戸研究所」のすぐ先に拡がっていた…。
そんな、ざらついた昭和への歪んだ郷愁に浸りながら、一昨日はテレビ朝日で放映された「男装の麗人~川島芳子の生涯~ 」を食い入るようにして見てしまった。黒木メイサの川島芳子はイメージ的に文句なし。彼女こそは、川島芳子の男装が最も絵として映える女優だと思った。過去の様々な川島芳子役の中でもダントツに適役だったと思うし、黒木メイサ的にも代表作たりえるものではないだろうか(ちなみに、1989年フジテレビ「さよなら李香蘭」では山田邦子が、2003年テレビ朝日「流転の王妃・最後の皇弟」では江角マキコが、2007年テレビ東京「李香蘭」では菊川怜が、それぞれ川島芳子を演じてきている)。
ところで、真っ当な流れとしては、川島芳子が徐々に落ちぶれて、敗戦で漢奸として逮捕され、41歳で処刑されるところまで、ずっと黒木メイサが演じると誰もが思うはず。なのに、ドラマでは38歳~41歳の最期の短い部分だけ、何故か真矢みきが芳子を演じたのである。ドラマの大部分をさんざんメイサ=芳子に感情移入させておいて、悲劇性の最も高まる部分で主役が突然変わってしまうのだ。見るほうとしては、それまでの集中力が完全に砕け散り、本来得られるべき最良のカタルシス効果を取り上げられてしまうわけだ。そこには、ただやり場のないモヤモヤした気持ちが残るだけ。真矢みきは素晴らしい女優だと思うが、今回の役回りは彼女にとってもあまり得ではあるまい。そこに一体どのような制作側の意図があったのか、或いは如何なる制作的事情があったのか。川島芳子の謎めく生涯以上に、謎めいた気持ちを多くの視聴者は抱いたに違いない。
他のキャスティングについては、高島政伸の皇帝溥儀は実に結構。堀北真希の李香蘭はまあまあ良し(「何日君再来」を歌うところは特に良し)。平幹二郎の川島浪速や仲村トオルの甘粕正彦は悪くはないものの、髪型に疑問あり。そして吹越満の田中隆吉はさすがにイメージから遠過ぎたなあ。かつて津川雅彦が東條英機を演じた「プライド・運命の瞬間」(1998年)という東映映画があって、そこではパチパチパンチの島木譲二が田中隆吉を演じたのだが、これが一番実物のイメージに近かった。現代史をドラマ化するにあたっては、表面上は実在者にイメージを近づけることに最大限努力して欲しいなあ。そのうえで大胆に虚構を演じてくれると、見るほうも虚実の皮膜に騙される快楽を味わいながら、物語を堪能できるのだ。なんというか、私達は民放の歴史ドラマには、あまり前衛的な手法など求めたりはしないわけで、古来の、ベタで基礎的なドラマトゥルギーさえ全うしてくれれば満足なのである。川島芳子をドラマ化した心意気は高く評価したいが、どうせなら「カタルシス」なり「虚実の皮膜」なり、視聴者にわかりやすく受入れやすい外形を整えて貰いたかった。それでこそ、川島芳子の数奇な運命を、歴史的問題意識を抱くとっかかりになるというもの。
…さてさて、そんなことを考えながらも、今日12月8日はとても大事な日、画家・橋本倫さんの「新作展」初日 ということで、会社の仕事終わりで銀座のなびす画廊に行った。橋本倫さんとは、ネット上では数年前から出会っていたが、現実に本人と会ったのは今年の6月22日、多摩美術大学美術館の「絵画のコスモロジー」 という展覧会の初日に招いていただいた。「絵画のコスモロジー」は、小山利枝子・黒須信雄・橋本倫という3人の作家による、文字通り宇宙論的な拡がりや深みを感じさせる企画展だった。その時、橋本倫という作家と実際に話をして、凡百の現代アート作家とは一線を画した、なんとも特異で反時代的ともいうべき人物性に大いなる畏れの感情を抱いた。その詳細は後日改めて述べるが、彼の内部には数多の言葉と数式を伴う壮大な宇宙が渦巻いていたのである。以来、その渦が放つ磁力に私も吸い寄せられ、今回の個展にもさっそく駆けつけた次第。2008年に創られた新作ばかり7点を集めた今回の個展、小規模ながらも意匠は強烈。橋本さん本人も会場にいて、懇切丁寧に自己解説をしてくださり、作品に秘められた奥行きの深さを知らされると、私の狭くて雑然とした脳内でも色々な想像力が活発に作動するようになった。それについても語り出すと長いので、後日の楽しみにとっておく。で、そのこととは別に、今日は、橋本さんの或る心遣いに感動させられた。私が会場に着くなり、「どうぞ」と差し出してくださったのは、最近の読売新聞の、「陸軍登戸研究所」に関する記事の切り抜き。読売新聞をとっていない私には大変有難い情報提供である。というのも、実は私に“負の昭和”を強く意識させるきっかけを作り、橋本さんともあながち無関係とは言えない“昭和の遺物”、それこそが「陸軍登戸研究所」なのだから。それは我が家のすぐ近くにあった。そして、川島芳子が馬で駆け抜けた落日の曠野・満州は、「陸軍登戸研究所」のすぐ先に拡がっていた…。