江戸の人々の暮らしを想像してみたりするという好奇心旺盛な「&M」っ子の皆様、こんにちは。


江戸の暮らしを特集した雑誌を読んで興奮気味のゲイ男子です。



そして、その雑誌は、こちら。


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「歴史人」


戦国時代とか戦争ばかりを特集している雑誌なので縁がない雑誌と思っていたのですが、

今回は“江戸の暮らし大全”という特集なので、思わず手に取ってしまいました。


“神田にあった山を削って埋立地を作った”とか、

江戸の発展と暮らしが、読むだけで分かった気になるような充実の内容です!!



そして、その中で最も興味を惹かれたのは、飯盛女!!


飯盛女とは、宿場町で働く遊女のことです。


幕府公認の吉原で働いていたのが遊女で、

幕府非公認の宿場町で働いていたのが飯盛女です。


ルールも多く値段も高い吉原に対し、

岡場所は気軽に安価で遊べたため非常に人気があったのだとか。


当時は品川、新宿(内藤新宿)、千住、板橋の4ヶ所が栄えたらしいです。


しかし場所が、吉原であっても、岡場所であっても、

そもそもは売られてきた身の上。


年季の途中で死んでしまったりすると、身ぐるみを剥がされた上で“投込み寺”と呼ばれてる寺に捨てられていたそうで、そういうお寺には、現在でも飯盛女を弔う場所が残っているのだとか‥。


きゃ、可哀相!!


それで、その“投込み寺”は、どこにあるのだろうと調べたら、

なんとゲイと関わりの深~いあの場所にありました!!


お寺の名は、成覚寺。


場所は新宿二丁目ですっ!!!



じゃあ折角なのでと思い、さっそく行ってまいりました。


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靖国通り沿いにあるお寺です。


“仲通りから靖国通りに出て、カフェ・ヴェローチェに歩いていく時にあるお寺”といえば、

ゲイならば誰でも分かるであろうお寺です。


まさか、このお寺が“投込み寺”だったなんて‥。


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そして、発見!


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子供合埋碑


子供合埋碑というのは、

内藤新宿では飯盛女のことを“子供”という名称で呼んでいたためです。


飯盛女の境遇を思い、手を合わせてまいりました。




歴史は、面白くもあり、切なくもある。




その他にも色々と気になる場所があったので、

「歴史人」を片手に、また江戸めぐりをしてみたいと思っています。


「歴史人」ホームページ

http://www.rekishijin.jp/newmagazine201111/