嬉しいこともあれば、切なくなることもある。


恋というのはビタースウィートなものですが、

時にそのビターな部分が強くなってしまい、とても食えない状態になってしまうことがあります。


そういう場合のほとんどは、本人も気づかない間にある成分が混入してしまっているもので、

その“混入してはいけない成分”のことを、我々は嫉妬と呼んでいます。


そんな嫉妬の炎に狂わされた主人公を描いた能を見に行ってまいりました。


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神奈川県の伊勢原市にある大山阿夫利神社の薪能です。


演目は「葵上」



さて、この「葵上」ですが、「源氏物語」の“車争い”というエピソードをベースにつくられた演目で、

超簡潔に説明すると、こんな感じです。


男子の気持ちが冷めてしまい、切ない日々を送っていた。

その男子の子を妊娠した女性がいると噂を聞いた。

その妊娠した女性が調子に乗り始めて、

大勢の人が集まる大イベントの場で、その女性から惨めな目に遭わされた。

あー憎い!あー憎い!

あの女も、ひどい目に遭わせてやりたい!!

その恨みが怨霊を生み出し、怨念で相手を寝たきり状態にさせる。

山伏がお経をあげて、怨霊が退治される。


怨霊となった主人公は六条の御息所(みやすどころ)という名前で、

憑かれた方が葵上という女性です。



この演目の切ないところは、怨霊となった六条の御息所が、

自分が既におかしなことになっていると、ちゃんと気づいているところです。


怨霊として姿を現した六条の御息所は、こう言って泣きます。

それ娑婆電光の境には、恨むべき人もなく、

悲しむべき身もあらざるに、いつさて浮かれ初めぬらん。


(短く儚い人生においては、人を恨んだり、我が境遇を悲しんだりすることもない筈なのに‥。

いつからこのように自分の心と魂がかけ離れてしまったのであろうか?)


そうやって理解していながらも恨めしい風を止ますことができず、

彼女は般若に変身してしまい、退治されてしまうことになります。


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自分で自分を制止できないなんて、なんて悲しいのでしょう‥。



では、自分の心に嫉妬心が生じてしまった場合、

我々はどうすれば良いのでしょうか?


六条の御息所の失敗は、相手の気持ちが冷めた時に、

自分の何がいけなかったのかをかえりみず、妬ましく思うことしかしなかったことだと思います。


ただ、それも仕方がないことで、嫉妬心という毒は、我々から平常心を奪ってしまい、

“嫉妬している間はただそのことしか考えられず、他には何もできない”という状態にしてしまうものなのです。


だけど、もう行かないと決めた店があったとして、以前と同じままなのに、ふたたび行く人がいるでしょうか?


新たなサービスが始まったとか、スタッフの対応が良くなかったとか。

そういう変化があってこそ、ふたたび敷居を跨ぐ気になれるものなのです。


人間の恋心だって、それと同じ。


嫉妬地獄から脱出するには、ただ自分が変わるのみ と心得えること。


それこそが我々にできる唯一の“心を平穏に戻す方法”なのでございます。





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