●暁に帰らむ人は(明け方に帰っていく人は)


(予備知識)

平安時代の男女の恋愛は、昼間は和歌でラヴレターをやりとりし、

夜に男子が、女子の家を訪ね、朝に帰っていく“通い恋愛”が一般だった。


<一部抜粋>


・男というのは、明け方の別れ際にこそ、真価が出るものだ。


・「朝になりましたよ」と女にせきたてられ、気の進まぬ様子で「はぁ」と、ため息を吐いたりしている姿は、もっと一緒に居たいという気持ちが伝わってきて、真心があって良いものだ。


・しかし、そんな風に甘えているだけではなく、身をぴたりと寄せて甘い言葉を囁いていたかと思えば、気が付けば帯を結んで準備を済ませていたりするのは、とてもスマートな印象を受ける。


・そして、一緒に扉のところまで行き、別れの挨拶をする。

 「昼間、会えない間がどんなに気がかりなことだろう」と耳元で囁いて、颯爽と去っていく後姿などは、名残惜しさも格別で、風情があって素晴らしい。


・しかし、これは理想であり、現実にはバタバタと慌しく去っていく男が多いものである。




●S少納言は遊ぶ


暁に帰らむ人は‥。


男でも女でも、ゲイでも。


誰にでも欲望というものがありますから、

時には、よく知らぬ人の部屋に泊まってしまうことも、あるものです。


これを英語では「One Night Stand」と言います。


この一夜の出来事を、超短編の恋愛小説として終わらせるのか。

それとも続きを書き足して長編にしていくのか。


それも恋愛の面白さでありますが、どちらにしても。

初めて泊まった翌日は、暁に帰らむのが、美しいことでしょう。


まず、こういうお泊りの場合は、

用意も不十分なことが、ほとんどです。


そうなると、男子ならば、

時間が経てばヒゲが放置された庭の雑草のように伸びますし。


女子ならば、雑なクレンジングをした結果として、

肌は乾燥してカサカサの状態です。


そんな状態の顔面を、昼になれば強い日光は容赦なく照らしますので、

見送る側はすっかり幻滅してしまうことでしょう。


そう考えると、去り行く時は、

やはり(見送る人の意識も半分寝ていて、陽の光もまだ弱い)朝だと言えます。


そしてその時に「ありがとう。また今度食事でもしようよ」などと囁いて去っていけば、

その言葉の真偽は問わずして、見送る側の気分も良いものです。