もちろんそれは総理の読みの正しさです。希望の党が結成されて、野党には一時、自民を上回る票がいくのではとの状勢分析もありましたが、結局は当初の総理の読み通りになりました。
ただしそこには「不正」がつきまとっています。解散権の濫用の疑いがあるからです。
この選挙、非常に卑怯だったと思いませんか。相手が風邪をひいたときに、自分はしっかりと準備をしておいて、いきなり「ヨーイ、ドン」と号砲を鳴らした、そういうレースです。
選挙というゲームの主催者が、自分に有利なタイミングでいきなりスタートを宣言できるのだとしたら、卑劣以外の何物でもありません。
それでも世論は、野党の準備不足をあげつらい、あなたの味方をしました。ここには敗者をいたぶる庶民の妙な優越感がある気がしますが、これは本題とは関係ないので省きましょう。ともかく野党の準備不足は当たり前です。準備できないタイミングを見計らって与党が選挙をふっかけているのですから。
もうこんな選挙のやり方は封印しなければなりません。そしてすでにこれで二度目ですから、あなたにはこうしたことがもたらす国民意識への影響が分かっておられないのでしょうね。
「勝てばよいのだ」「ルールを悪用しても、勝って力を得ればそれが勝利なのだ」。そうした考えが庶民にはびこれば、あなたが振りかざしている権力そのものが維持できなくなるのですよ。
社会は人々がルールを守っていることでその秩序が保たれます。もし人々がルールをふつうに破りだし、あるいは自由に拡大解釈して自分の都合のよいように運用しはじめれば、社会そのものが成り立たなくなります。
為政者とは、人々にルールを提示し、納得させ、それを守らせる者のことです。あなたは国民にとって為政者です。
そのあなた自身が、ルールを拡大解釈して、利己的に活用することを国民の前で堂々とやり始めた。あなたは勝った負けたを強く意識するあまり、自分で自分の存在を否定してしまったのです。このことに気付かなくてはなりません。