脅威のセレッソ大阪
本日行われた簿記試験はテンパリまくって失敗に終わりました。また来年~って笑えないっす...。まあそれは置いといて、同じく本日に行われたJリーグの結果、セレッソが鹿島を抜いて2位に躍り出ました。
上位陣がもたつく中、中断明けからガンガン順位を上げここまでやってきたセレッソ大阪。中断明けは未だ無敗で10勝3分というバルセロナもびっくりの成績を残し、上位を猛追してきたわけなんですよ。
思い起こせば1年前、勝たなければ入れ替え戦というがけっぷちにいたセレッソだったのに、不思議ですよねえ。ほんと。大久保がチームを牽引して、何とか入れ替え戦は回避したというのは記憶に新しいと思います。
ミスターセレッソの森島も「セレッソで優勝するまでは辞めない」とかいってるし、勢いもあるし、コレはひょっとするとひょっとするかも。2000年1stステージ最終節でフロンターレに敗れて勝ち点1差で優勝を逃した雪辱を今こそ果たしてほしいです。
それにしても上位2チームが大阪のチームってのも凄いですね。阪神も優勝しちゃったし。
同じ関西のヴィッセルなんか.....ガク_l ̄l○
簿記検定!!
実は地味に簿記の勉強をしていた僕です笑
というわけで明日は検定試験なんだけどはっきり言ってあまり勉強してません。でも友人たちが次々に受けるのをあきらめる中、一応は範囲を学習したんでそこそこは出来ると思うのですが...3級は3回目でやっと受かったということは2級受かるには何回受けなきゃならないのかな笑
ちなみに使ったテキストは友人に借りた過去問集以外はすべてブックオフで購入。勉強は学校の授業そっちのけでテキストやってました。もちろん独学です。
そういやあ中田も税理士の試験受けてたっけ?
僕もうまいこと受かんないかなあ...
プレーオフの果てに
昨日の深夜、W杯を賭けかくちで激戦が繰り広げられました。
僕もテレ朝でやってたバーレーン対トリニダードドバコの試合を見てました。この試合に関して言えば、バーレーンはサルミーンとDFのなんとかって言うスタメンの二人が出れなかったのが痛かった。逆にドバコも前半早々に1試合目でミドルを決めたビルチャールが怪我で負傷退場。試合は守備を固めるバーレーンがうまく攻撃をしのぎ0-0で折り返す。しかし後半が始まるといきなりトリニダード・ドバコが先制点。コーナーキックから何故かどフリーの長身ローレンスがヘディングで叩き込んじゃいましてバーレーンは窮地に...
その後試合は続くんですが如何せん眠気には勝てず、後半30分過ぎに
ばたんきゅーしちゃいました笑
朝起きて結果を見ると1-0で終わっていて、ああ結局あのままだったのかと思ってほかのプレーオフの結果も見てみると、特にサプライズもなく、おおかたの予想通りになってました。
トルコは惜しかったなあ...でもスイスは結構好きなチームだから本戦でもがんばってほしいな。
アンゴラ戦@国立競技場
行ってきましたよ国立競技場
会場には5万人を越えるサポーターが駆けつけ、熱気に包まれてましたが...
さ、、、、、、寒い!!
正直寒くて試合どころじゃなかった。
でも試合を見ないわけにはいかないので自由席で地味に応援しつつ観戦しました。
試合のほうは前半のチャンスを決め切れなかったのがすべてだと思う。高原のシュートは2度バーにガンとぶつかり、柳沢のシュートもことごとくキーパーの正面だった。後半は押し込まれることが多かったし、正直引き分けかと思ったけど、松井がうまく決めて勝ってくれて本当に良かった。負けないことの強さと価値である(笑)
これで今年の代表戦は終わりだけど、来年に向けていい課題が残ったのではないでしょうか。
関係ないけど国歌斉唱が松浦あやだったのはビックリだった。まわりは「えーーーーーーー」って感じだったけど、芸能人見れて個人的にはよかったかも。遠くてよくは見えなかったんですが...
最後にオーストラリア、おめでとう。シュウォーザーに脱帽です。サラジェダドンマイ...
ありがとうクラマーさん
いやいや、やっとネットがつながるようになりました。というわけで復帰作です。
先日の土曜日サロン2002によるシンポジウム「クラマーさんありがとう」に参加してきました。
デットマール・クラマーとは...
1925年4月4日、西ドイツ・ドルトムント生まれ。
1960年、第18回オリンピック競技大会(1964/東京)に向けた強化・指導にあたるため日本代表コーチとして来日。以後、わが国の強化、指導者養成、ユース育成等の礎を築き、日本サッカーの父と称される。第19回オリンピック競技大会(1968/メキシコシティー)ではアドバイザー的役割を果たし、日本の3位入賞に大きく貢献。
1969年千葉で開催された第1回コーチングスクールでは、スクールマスターをつとめる。その後もFIFA専任コーチとして世界各国を巡回指導。
1988年茨城で開催されたFIFAコカ・コーラワールドユースアカデミーでの講師をつとめ、1989年、JFAの招聘により9回目の来日。2年間にわたり特別コーチをつとめる。
本国では、西ドイツ協会主任コーチ、そして、バイエルン・ミュンヘン、バイヤー・レバークーゼン等のビッグクラブの監督を歴任。
1971年 勲三等瑞宝章、1996年 日本サッカー協会75周年記念功労賞受章。
※日本サッカーミュージアム、サッカー殿堂より http://www.11plus.jp/dendou.html#10
というわけで外国人なのに日本サッカー殿堂に殿堂入りしている凄い人なんです。
クラマーさんの講演は80歳とは思えないほどのしゃべり口で、力強く、とても印象的でした。ときおりゲルトミューラーはアップのときのモモからムネでのトラップがうまく出来なかったとか、ベッケンバウアーはテニスボールを裸足で蹴ってボールを扱う技術を身に付けたといった裏話(?)も交えながら講演は進んでいきました。そのなかでもクラマーさんが特に主張していたのは、
「過去の栄光に浸り、過去を美しく語ることは何の役にも立たない。将来に目を向けなければならない」
ということだった。この趣旨を含む言葉をクラマーさんは繰り返したのでした。
話はどんどん進み、クラマーさんも熱弁を振るっていましたが...熱弁を振るうあまりお時間のほうが少々なくなってしまったようで、主催者側もこいつは参ったというような感じで予定は大幅に変更。4分の1くらいカットされちゃいました。さすがはクラマーさんですね(笑)
というわけで「Besten Dank! Herr Cramer(クラマーさん本当にありがとう)」と最後にお礼をいい、このシンポジウムは終了。さあ帰ろうかと思っていたら、クラマーさんと参加者が次々に記念撮影してるじゃありませんか!!これは行くっきゃないということで携帯のカメラしかないのに特攻しちゃいました爆
携帯なくしたら泣くわ俺...
