ユニフォームを脱ぐ男たち | ビバ!! SOCCER LIFE

ユニフォームを脱ぐ男たち

この時期になると多くの選手が引退を決意する。それはチームからクビを宣告されたり、怪我でプレーが出来なくなったりと様々ではあるが、さみしいものである。


今年も日本サッカー界を牽引してきた男たちが続々と引退を発表していった。その中でも日本代表として日本を牽引してきたのはこの二人ではないだろうか。


沢登正朗

ミスターエスパルス。多くの選手が環境を変えたり、契約が出来なかったりして一度はどこかのチームへ移籍というものを経験するが、沢登は違った。J創設期からエスパルス一筋、エスパルスを愛し、チームを背負い、ミスターの称号を得たのである。その間ナビスコカップ、Jリーグステージチャンピオン、天皇杯のタイトルを獲得。個人では新人賞とベストイレブンを一度獲得している。沢登もこれだけは心残りと言っていた年間王者のタイトルだけはないが、それでも数々の賞を受け、すばらしい選手であったことを象徴している。そして忘れてはいけないのが、沢登はドーハ組みであるということだ。当時最年少22歳だった沢登は、目の前で悲劇をまざまざと見せ付けられたのである。その後もコンスタントとはいかなかったが、何度か代表に呼ばれ、Aマッチ16試合出場。代表通算3ゴールを挙げた。35歳、現在もチームをプレーで引っ張り、今日の試合でも見事なパスを通しアシストを決めたこの男が引退するのは、誰もがまだ早いと思うかもしれないが、沢登の「輝いているうちに引退したい」という思いは揺るがなかった。エスパルスの偉大な10番が、指導者として輝けることを本当に祈ろうと思う。


そしてもう一人


相馬直樹

早稲田から94年に鹿島入り。不動の左サイドバックとして鹿島の黄金期を支え、2002年にレンタルでヴェルディ、昨季からは川崎フロンターレでプレーした。そして年間王者4回、ステージ制覇5回、ナビスコカップ2回、天皇杯2回、ベストイレブンも4度獲得。Jリーグのタイトルを総なめにした相馬の活躍は、さらに代表においてもすばらしいものがあった。代表通算59試合出場4得点。フランスワールドカップ予選の激闘を戦い抜き、本人も「一番印象に残っている」と語った運命のソウルでの韓国戦での先制点のアシストをはじめ、名波とのコンビから左サイドを縦横無尽に駆け回った。本大会にも出場し、オフト時代の不動の左サイドバック都並敏史のバトンを見事に受けとった。しかし2000年の靭帯断裂を契機に、キャリアの終盤戦は怪我との戦いであった。川崎でも怪我が多く、満足に試合に出られなかったのは悔いが残るであろうが、日本サッカー界への貢献度は本当に計り知れないだろう。


選手が引退するのは当然のこと。
寂しいことではあるが、彼らの引退後の活躍を期待し、素直に感謝したい。
ありがとう、そしておつかれさまでした。