みなさんの幸せを願う、ピアノとアドラー心理学が好きな応援家!梶山 祥子

みなさんの幸せを願う、ピアノとアドラー心理学が好きな応援家!梶山 祥子

ピアノ、動物が大好きです!みなさんの幸せを目指しています。アドラー心理学が好きです。
ピアノは、ギロックや、ギロックの仲間たちの作品、左手ピアノの作品が好きです。
生き方やピアノなどの情報を中心に、
ブログを書いて参ります。

ピアノ、動物が大好きです!みなさんの幸せを目指しています。アドラー心理学が好きです。

梶山 祥子

本気の夢ほど、人に言えない理由

──できなかったらどうしよう、その怖さと

  向き合う


夢は「語った方がいい」と分かっているのに、

言葉が出てこない


──そんな経験はありませんか。


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夢は、口にした瞬間に現実に近づく──

そんなふうに言われることがあります。


たしかに、

言葉にすることで覚悟が生まれたり、

行動が変わることもあります。


けれど一方で、

本気で叶えたい夢ほど、言えなくなる

こともあります。


それは、夢が小さいからではありません。

むしろその夢が、

自分にとってとても大切だからこそ、

簡単に外に出せなくなってしまう

のかもしれません。


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◆夢を言えなくなる理由


それは、


夢が大きいからではなく、

その夢が
「叶えたい」と強く思うものだからこそ、  

人は簡単に言葉にできなくなるのかも
しれません。

本気で叶えたいからこそ、

もしできなかったらどうしよう。
期待に応えられなかったらどうしよう。
笑われたらどうしよう。

そんな不安が
頭をよぎることがあります。

だから人は、

夢を心の奥に
しまい込んでしまうことがあります。

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◆期待されることへの怖さ

夢を口にすると、

周りから応援されることもあります。

けれど同時に、

期待されることへの怖さも
生まれることがあります。

「きっと成功するんだろう」

「すごい結果を出すんだろう」

そんな期待を感じると、

まだ途中の自分との
ギャップに苦しくなることがあります。

アドラー心理学では、

他人の評価や期待を
自分の課題として抱えすぎると、

苦しさが生まれると考えます。

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◆それでも挑戦したい

それでも、

夢を叶えたい気持ちが
消えないことがあります。

怖い。

不安。

できるか分からない。

それでもやってみたい。

だから人は挑戦するのです。

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◆挑戦している人はみんな怖い

失敗したらどうしよう。

恥をかいたらどうしよう。

結果が出なかったらどうしよう。

挑戦している人は、

みんな少なからず
そんな不安を抱えているのでは
ないでしょうか。

怖くないから挑戦するのではなく、

怖くても進むから
挑戦なのかもしれません。

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◆たった一人の応援

挑戦を続ける中で、

たった一人でも
応援してくれる人の存在は
大きな力になります。

夢を話すのが怖い。

無理だと思われるかもしれない。

そう感じることがあったとしても、

「応援しているよ」

その一言に
救われることがあります。

そして、

たとえその言葉がなくても、

たった一人でも
自分のことを気にかけてくれる人。

頑張っている姿を
見ていてくれる人。

そっと背中を押してくれる人。

そんな存在がいるだけで、

前へ進む勇気を
もらえることがあります。

その“たった一人”の存在が、

もう一歩前へ進む勇気を
与えてくれることがあります。

人はひとりでも歩いていけます。

けれど、

誰かの存在があることで、

もう一歩先へ進めることがあります。

わたしがいつも感じていることです。

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◆まとめ

もし今、

夢を人に言うのが怖い人がいたら。

挑戦したいのに
一歩踏み出せない人がいたら。

どうか知っていてください。

挑戦していること自体に
価値があります。

結果だけが
すべてではありません。

悩みながらも進んだ時間は、

きっとあなたの力になります。

だから焦らなくて大丈夫。

たった一人でも
応援してくれる人がいるなら、

その勇気づけを
力に変えて進んでいきましょう。

そして、

たとえ誰も応援してくれないように
感じる日があったとしても、

「自分は進みたい」

その気持ちがあるなら、
それだけで十分です。

怖さを抱えながら進んだ一歩は、

きっと未来のあなたを
支えてくれるはずです。

そしていつか、

「怖かったけれど、
やってみてよかった」

そう思える日が
来るのかもしれません。

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今回の気づきを
インスタでも
まとめています。

よろしければ
のぞいてみてくださいね。
 




「人は失って初めてその大切さに気づく」
 が教えてくれたこと
 ──当たり前が宝物に変わるとき

「人は失って初めて
その大切さに気づく」

そんな言葉があります。

私自身も、

その意味を実感した経験があります。

右耳の真珠腫の手術をした時、

一時的に
まったく聞こえなくなりました。

その時初めて、

音が聞こえることは
当たり前ではなかったのだと
気づいたのです。

また、

もし手を怪我したら、

当たり前に弾いていたピアノが
弾けなくなるかもしれません。

もし足を怪我したら、

普通に歩けることのありがたさを
改めて感じるでしょう。

──────────

人は、

失って初めて
その大切さに気づくことがあります。

健康も、

聞こえることも、

歩けることも、

好きなことができる時間も。

ある時には
当たり前すぎて
気づけなかったものが、

失った時に初めて

どれほど大切だったのかを
知ることがあります。

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最近では、

お米や食べ物、
電気やガスなど、

日々の暮らしを支えてくれているものも、

当たり前のように使えることは
本当はとてもありがたいことなのだと
感じます。

交通機関が
時間通りに動いていることも。

家族や大切な人が
元気でいてくれることも。

毎日の暮らしの中には、

たくさんの
「当たり前」があります。

けれど、

その当たり前は、

本当は
たくさんの支えの上に
成り立っているのかもしれません。

──────────

だからこそ、

失ったものばかりに
目を向けるのではなく、

今ここにあるものを
大切にしたい。

「ないもの」ではなく、

「あるもの」に
目を向けたい。

そう思うのです。

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あなたにとって、

当たり前だと思っているけれど、

本当は
かけがえのないものは
何でしょうか。

失ったからこそ
気づける幸せがある。

欠けているからこそ
見える景色がある。

そんなことを、
改めて感じています。

あなたにとっての
「当たり前」は何でしょうか。

──────────

そして、

夢や挑戦もまた、

失うことへの怖さや、
できなかったらどうしようという不安と
向き合うことがあります。

次は、

本気の夢ほど
人に言えない理由について
書いてみたいと思います。

──────────

今回の気づきを
インスタでは3枚の画像に
まとめています。

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「ないもの」が教えてくれたこと
──失ったあとに見えてくるもの

前回、

「ない」ではなく
「ある」に目を向けることについて
書きました。

ところがその後、

私自身が
「ないもの」に心を向けていることに
気づく出来事がありました。

先日、
行きたいコンサートがありました。

けれど、
最近出費が続いていたことや、
いろいろな理由があり、

今回は見送ることにしました。

──────────

ところが後からSNSを見ると、

遠くの県から来ていた友人や、
しばらく会っていない友人が

そのコンサートに参加していました。

その時、

少しだけ心が揺れました。

「行けばよかったかな…」

そんな気持ちが
ふと湧いてきたのです。

私が本当に残念だったのは、
コンサートだけではありませんでした。

なかなか会えない友人に
会えなかったこと。

そして、

私はやっぱり音楽が好きなんだな。

コンサートが好きなんだな。

ということにも
改めて気づきました。

──────────

人は無意識に、

「ないもの」や
「手に入らなかったもの」に
目が向いてしまいます。

過ぎてしまったことは
変えられないとわかっていても、

「あの時行けばよかった」

「こうしていればよかった」

と考えてしまうことがあります。

私も今回、
そんな自分に気づきました。

──────────

けれど、

「私は今、
ないものに目を向けているんだな」

そう気づけた時、

会いたいと思える友人がいること。

心を動かしてくれる音楽があること。

楽しみにできる時間があること。

そんな
「すでにある幸せ」にも
目を向けることができました。

行けなかったことは残念でした。

でもその出来事は、

私にとって
何が大切なのかを
改めて教えてくれました。

──────────

過去は変えられません。

だからこそ、

「あの時こうすればよかった」

にとらわれ続けるのではなく、

「イマココ」に戻り、

今あるものを大切にしながら
前を向いて進んでいく。

その大切さを
改めて感じた出来事でした。

あなたは最近、

「ないもの」に
目が向いていたことは
ありませんか?

その奥には、

あなたが本当に大切にしているものが
隠れているのかもしれません。

──────────

そして私は、

「ないもの」や
「失ったもの」があるからこそ、

気づける幸せもあるのだと
感じました。

次は、
そんな気づきについて
書いてみたいと思います。

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今回の気づきを
インスタでは3枚の画像に
まとめています。

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