今回はまだ現在の地へとは足を運んではおりませんが![]()
1878年(明治11年)
荒廃していた邸地を三菱財閥創業者の岩崎弥太郎が買い取り、三菱社員の慰安と賓客接待を目的とした庭園の造成に着手したという
清 澄 庭 園
まぁ、ここも1880年(明治13年)に竣工し、深川親睦園と命名されて、三菱社長の座を継いだ岩崎弥之助が庭園の泉水に隅田川の水を引き込むなど大きく手を加えてしまってるそうなので、弥太郎さんの残したものがあるようでないような…![]()
明治の初年には三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎が購入したという
岩崎家駒込別邸
六 義 園
維新後荒れたままになっていた庭園に整備が施され、このとき周囲が今日見る赤煉瓦の塀で囲まれたそうです。
その後は関東大震災による被害もほとんど受けず、昭和13年 (1938) には東京市に寄贈され、以後一般公開(有料)されるようになりました。
東京大空襲の被害を受けることもなく、造園時の面影を残したまま今日に生き延び、昭和28年 (1953) に特別名勝に指定されています。
っていう資料を見る限りだと、唯一弥太郎さんが残したものがちゃんと残ってる場所なのかしら??
という淡い期待をしてたりするんだけど…どーなんだろう??
六義園は近々行ってみたいと思ってる場所だったりします。

