作家 坂井あおのブログ

作家 坂井あおのブログ

    絶えず移動していく僕ら
      止まれない私たち

小説・シナリオ(ドラマ、映画、CM)・写真詩集作家、坂井あおの日々浮かんでは記憶の海に消えゆく思いを気ままに綴るブログです。

小説家・脚本家 坂井あおのブログです音譜

なんとなく、日々思うことを書いています。


テーマ:

最近、仕事忙しいけど、
きついけど、
楽しい。

新しい仕事。
大変だけど、やりがいっていうのかな。

書いたものが形になって、
誰かに届くといいな。

そして、遊びも忙しい。
遊ぶためにも
仕事を手を抜かず良いものを作るためにも
ものすごく頑張る。

仕事も遊びも
ものすごく楽しむ。
一生涯、
そんな風にやりきりたい。

あと、ときどき休憩も。

休憩も大好き。



最近、まわりのひとも
好きなことをとにかく極めていたら、
それがだれかにいいねって評価されたり、
形になって、広がったりしてる。

好きを極めて、
ただ好きだからやり続けて、
それがだれかの好きになるのは、
いいよなぁ。


私も好きなことをしっかりとやろう。
たまに、
私の好きをいいなって言ってもらえたら
しあわせ。


あ、そっか。
私、今、しあわせなのか。
何者にもなってないけど、
今、しあわせかも。

テーマ:


あの清々しい秋の気候はどこへやら、
再び暑いですね。

今日は仕事で遠くの町へ。
知らない町って楽しい。
帰りにふらついて
つい秋の服を買ってしまいました。

この頃は新しいタイプの依頼があったり、
取材もよくさせてもらえて楽しい。
書くことならなんでも好きみたいです。

もう少し仕事の幅を広げてみようかな。


この暑さでも多肉植物は元気。

夏も終わるのか。
若い頃は何度も繰り返される夏の憂鬱を楽しんだ。
少し大人になると、過ぎ行く季節に焦りを感じた。
最近では、遅くもなく、早くもなく、ちょうど。

ちょうどって感じ。
つねに。

自分がすごい人でもないし、
ダメなやつでもないとわかって、
ただ今を過ごしてる。

できることは限られていて、
できることにチャレンジできる自分がいる。

また変化していくのだとしても、
それも含めてそのまま受け入れてる。

たまに心がすさんだときは、
こう思うと直る。

誰かや何かのせいにしていても、
意味がない。
自分の人生はぜんぶ、
自分が選んだ結果の連続なんだ。
だから、どんな今も、私の選んだもの。

そうして受け入れると、心が決まる。
ここ以外に私がいるべき場所はないって。

動じなくなったのは、
たぶんそういうこと。

テーマ:

時間って、ホントに勝手に過ぎていきますね。
この暑さで思考があまり働きません。

以前は沸き起こるクリエイティブ的なものがあったけど、今は仕事の時しかスイッチ入らず。
脳みそスリープ状態です。

たまに涼しい日は、わりと活動的になれるんだけどな。33度くらいからダメ人間化する。

フットサルやると、スッキリするけど。

あ、でも短編映画の企画通って、少し楽しみ。

テーマ:

かなり若い頃に一目惚れして、母に買った花器。個展のガラス越しにであった。
今見ても、好きだ。
変わらない。


先月、6年3ヶ月お世話になった会社を出た。
居心地がよくて、いろんなことがあって、
自分らしく過ごせていた場所。

でも、出た。

今は新しい所にいる。
新しい所は不思議。
新しい人たち。
新しい仕事。

それからフリーランスの仕事も取引先を増やして、
新しい仕事。
新しい人たち。
今までもおつきあいもあるけど。

変化しないつもりが、突然変化して、
まだ自分の体はついていけてない。

それでも、なんとなくいいのかなって思う。
なんとなくいい方向に向かってる気がする。
今までいたところがあって、
今の私があるし、
今、いさせてもらえるところがあって、
これからもある。

なんとなくいろんなことに、
感謝できる自分がいいんじゃないかなって気がした。


テーマ:
スマホが壊れてしまい、アプリの整理とかしていて、mixiの日記を見てみた。
そしたら、愛猫メイと最後に会った日の日記が出てきた。
今でも癒してくれるメイの存在。
本当にアホで、差別なく人間すべてが大好きだったメイ。たれ目で、最後は
毛もボロボロで、ちょっとボケていたけど、本当に愛嬌たっぷりの可愛い猫だった。








よだれ






2011/12/19の日記より

昨日、夜中に実家に帰るのに、大通りから路地にはいると、道の真中を猫が一匹、こちらに向かって、歩いてきた。 

メイ? 

メイは最近、うるさく鳴くので、夜中にはあまり外に出してもらえない。 
しかも、年を取って大通りの方まではあまり来ないようになっていた。 

だから、メイかな? と思ったけど、小さくて、薄闇にまんまるい目が、 
メイだった。 

メイは野生のような顔をして、こっちを見ていたけど、私が呼ぶと、大声で鳴き始めたので、あわてて、メイをなで「メイ、大きい声でないちゃだめだよ。夜中だよ」といって、メイが鳴きやむまで、撫でたり、首をかいてあげた。 

メイはおとなしくなって、ゴロゴロとのどをならした。 
メイ、またよだれだらすかなあ、なんて思っていたけど大丈夫だった。 

私は、家に向かう。いつもなら付いてくるメイが来ないので、呼んでみたけど、メイは道路に座って、街頭でシルエットになっていた。 

メイ、メイ。 

でも、来ないから、今、外にでたばかりなのかなと思って、家の門に入った。 

でも、なんだかやっぱり気になって、外に出たら、メイの声がしたので、メイって呼んだら、メイはもっと遠くで、ゴミ捨てに出てきた近所のマンションの住人にすりよっているところだった。 

メイは、本当に誰にでもなついちゃうんだなあ。 
あ、でも、メイの友達かな。メイにも知らない世界があるんだなあ。 

なんて思い、メイを連れ帰ろうかと思ったけど、夜中だし、知らない人(多分男の人)だったし、どうせ、すぐ帰ってくるかな、と思って、家に入った。 


お父さんが起きていたので、「メイ、迎えにきたのかとおもった」と話したら、「メイはあっちまでは行かないんだけど、珍しいな」と言っていた。 

メイは、すぐ外にでたがるけど、寒いとすぐ帰ってくる。 

でも、昨夜、メイは帰ってこなかった。 
いつまでたっても、帰ってこなかった。 


道の中央をゆっくりと歩いてきたメイに、本当に偶然、ばったり会って、メイを撫でた私が、メイを見た最後になった。 

メイはもう帰ってこないのかな。 
メイは22,3歳くらいの、そうとうな年だ。 
猫は、死ぬ時は人に見えない場所へ行くという。 

サンタも、そうだった。 
サンタは実家が引っ越す時、物置を動かすと、小さな骨になって出てきた。 
サンタかどうかはわかならいけど、たぶん、そうだと思う。 

メイは、どこに行ったんだろう? 

メイを家から「外へ出たい」と鳴いて鳴いてうるさいので追いだしたお父さん。 
自分の部屋にいて、メイが知らないうちにいなくなってしまったお母さん。 
そして、最後にメイに遭遇した私。 

みんな、言葉にできない思いを抱えて、もしかしたら帰ってくるかも。 
いや、もうきっと帰ってこない。 
そんな思いに頭を支配されている。 


メイ。 
あの時、メイはもう心を決めていたの? 
私が歩いてきた時、メイはびっくりしていた? 

私が家の前で呼んだ時、メイは迷っていたの? 家に戻ろうかって 

でも、きっと私がメイを抱きかかえて、家に帰っても、メイは数日中には出て行ったのかな? 

メイ、あの真ん丸な目で、小さくて、より小さくなっていて、毛ももうずいぶんとぼろぼろで、でも、夏を乗り越えたメイ。 

誰にでも懐いてしまうメイ。 
人が大好きでしかたのないメイ。 
それでも、メイは人の目の届かない場所へいったのかな? 


実家からの帰り、ずっと考えていた。 
もし、メイが最後の時を感じて、歩いていたのだとしたら、猫ってすごい。 
人間には、なかなか自分の人生の終わりを見極めることができない。 
それはだれにも平等にやってくる可能性だけど、でも、たいていの人は、その時を見極められずに、終わる。 

猫はすごいな。 
あの甘えん坊のメイも、あんな風に凛とした顔で、冬の夜の道を歩いていた。 
メイ、でも、やっぱりね、さみしいよ。 
メイ、ひょっこり帰ってくるんじゃないのかなあ? 


でも、もう本当に長生きだったから、疲れちゃったのなら、ゆっくり眠ってね。メイ。 

私は小さい頃から猫が好きで好きで、まさかサンタとメイと暮らせるとは思ってなかった。 
すごいうれしかった。かわいかった。 
大人になってからは、たまにしか会えなくて、連れていけなかったけど、でも、メイに会いたくて、実家に帰ることもあったんだよ。 

引っ越した時、メイは3日間、行方不明になって、あの時はすんごい泣いた。 
でも、メイはずっとふろがまの下でおびえてたんだよね。 
今、メイはどこにいるんだろう? 
人間のエゴでメイをどうこうはできない。メイの意思でそうしたならしかたない。 

でも、ちゃんと顔みたかったなあ。明るい場所で。 

メイ、寒くなかったかなあ。

テーマ:

変化は突然やってくる。
押し出されるように。

はじめはショックだった。
けど、
何かが始まる気がしてる。

留まらず色を変えて。
雨に艶やかな紫陽花のように。

やってきたことを
認めてくれるひともいる。
これまでも。これからも。


変化を恐れず進めそうです。

テーマ:
昨日は家のことや仕事を夕方までやって、
日暮れ頃に散歩に出た。




久しぶりに自分らしい時間。
ふらふらと写真を撮りながら歩いて、
小さな私鉄の駅の屋上にできた庭へ上がると、
おのおのベンチで本を読んだり、
おしゃべりしてる人たちがいて、
暮れていく空と富士山のシルエットと、
灯り始めた町明かりがきれいで、
同じように写真を撮ってる人がいたり、
誰かを待ってるみたいな人がいたり、
なんかいいなーと思った。



毎日、遊びや仕事や家のことで忙しいけど、
だからこそ、たまにあるこういう時間が
贅沢に思えるんだろうな。


駅の本屋で尊敬する脚本家・木皿泉さんの新刊を買う。
木皿さんはうるさい電波的な連絡が嫌になったから、
「何かあったら手紙をください」と住所を教えてくれたきり、
家も引っ越して、電話も解約してしまった。

「何かあったら」がないので、
あれからすっかり御無沙汰している。
お元気でしょうか?


木皿泉「さざなみのよる」 
哀しいのにほっこりする話。
大事に読みたいのに、読み止められない。
いい本です。

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス