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夢想・妄想 と 離れられない現実

独り言やたわ言です。気楽に読んでください。

 子供の頃から、私にはある癖があります。


 球場のような広場。端から端から走るなんて、考えるだけで疲れる広さ。
 泳げないんですが、海は好きで、そこには自然を否応無く感じさせられる広さ。

 視界いっぱいに広がりを見せる場所。
 その中で、遠くに見える山や水平線。
 自然だけではありません。

 ビルの中から見る、窓ガラスを通して広がって行く世界。
 高くなくてもいい。
 室内にいても、窓を通してわずかに垣間見える、建物と建物の間から覗く、伸びていく世界。


 私は、そんな世界。
 そんな遠くをみつめる癖があります。

 理由?
 簡単です。
 衝動です。
 自分の奥底から、普段は小さな穴なのに、その穴を押し広げて顔を出す強い衝動。

 『あそこに行ってみたい』

 あの山の向こうには何がある?
 あの海を越えた向こうには何がある?
 あの建物の間から奥へと伸びる先には何がある?
 
 学校や会社時代はよく注意されました。
 「何、外をぼーっと見ているんだ? こっちに集中しろ」
 でも止められませんでした。

 何があるとも何も無い。
 ただ、ココと同じ世界があり、似たようでいて違う、それぞれの人が生きているだけ。

 でもね。
 やめられない。
 あの向こうに行ったら、別の世界が待っている。
 
 だから、遠くを見つめる視線に意識を乗せて、飛んで行く。
 遠くへ。遠くへ。遠くへ。

 でも、今は遠くを見る癖もずいぶん減りました。
 時間の経過が、その癖を少しずつ封印してきました。




 そうして今は、上を仰ぐ。
 空を見上げて見つめて、強く見つめる。
 青い空。夕暮れの空。雲の合間の空。決して黒くは無い、夜の空。

 するとね。
 今度はもっと奥深く、広い世界が、さえぎらず、邪魔さえせずに、どこまでも意識を-。

 
 あそこには何があるんだろう。
 白い。

 白と黒の違いというのは、光があるか無いか、だそうです。
 色は光に含まれる波長に反射をして、その色として認識させているとか。
 光が無くなると暗闇になり、光が満ちるとまぶしいほどに白くなります。

 
 ドコも同じ。
 
 白い壁。白い床。白に近いカーテン。
 体を支えられて上がると、真っ白のシーツが広がり、枕には白いカバー、毛布も白いカバーで包まれています。

 どうしてだろう?

 清潔感を印象付けるため? 汚れが目立つように? 経費節減または、入ってくる人たちの趣味趣向の違いからトラブルを避けようと、部屋全体を白にしているのでしょうか?

 今、眩しい光が苦手で、目がくらみ、眩暈さえ起こしかけます。
 
 白で満たされた部屋は、苦しみを癒してくれるトコロではなく、困惑を生み苦痛を加速させる場所と変化しました。

 光が、あるか、無いか。
 白いか、黒いか。

 
 静寂で光に満ちているはずの部屋で、苦悶し続ける。

 光の中に未来を感じられない。

 安らぎを、何処に忘れてきてしまったのか、どうしても思い出せない。

 ……何があっても生きてゆくんだ。

 この世界が、どんな形になろうとも、生きる為の選択は自分にあるのを忘れないように。
 生きることを止めなければ、全ての選択は自分にあり続けるから。
 それを忘れちゃ駄目だ。
 
 ……
どんなにカッコ悪くなっても、生きていさえいれば……

 だから、何があっても生きる方を選び続けるんだ。