先日ニューヨークにトライアスロンをしに行ってきたのですが、その帰りがけにMoMA(ニューヨーク近代美術館)とMET(メトロポリタン美術館)に行ってきたのでその際のお話を。
MoMAにこんな作品がありました。
3つの受付があります。
カウンターの向こうにはそれぞれこんなことが書いてあります。
1. I will always be too expensive to buy.
2. I will always mean what I say.
3. I will always do what I say I am going to do.
そしてカウンターの手前にはこんな立て掛けがあります。
内容としてざっくり書くと以下のような感じかと。
・個人情報(名前、住所)をデジタルフォーマットに書く
・展示の最後の日に集計して、記載した人の名前のリストを全員に配る
・他人の個人情報を知りたい場合は、所定の団体を通じて申請し、その人が了承した時のみ、申請者に公開される
・個人情報はベルリンの展示にかかわる団体が100年保管する
私の第一印象は
「いやいやいや、きもいきもいきもい、怖い怖い怖い。」
これは哲学者兼アーティストのエイドリアン・パイパーによる参加者体験型の作品です。帰ってから調べてみると、この人はポストモダニズムの人、コンセプチュアルアートの人であるとわかります。そしてこれが、どうやらベネチア・ビエンナーレという現代美術の展覧会でベストアーティストとなった作品らしい。
◆約款、署名という約束事
よくよく考えてみると、この作品はきちんと社会の縮図を切り取っているように見えます。
我々がそこそこの金額のサービスやモノ、例えば英会話スクールの申し込みをするとします。そうすると、そこでは受付があってその向こうには教室の様子があり、体験レッスンが終わった後金額と一緒に約款と契約書が渡され、それにサインします。
誰がその約款、まじまじと見るでしょうか。
今回私はその約款に当たる説明文をまじまじと見てしまった人になるわけですが、文章の内容もレイアウトも、あからさまに難しそうに書かれています。日本語に訳すのも苦労しました。そして日本語で文章を直訳してもわかりくい。
よくよく思い返してみると、受付の後ろにある文も、会社のキャッチフレーズに似ていなくもない。Inspire the NextとかI'm Lovin' itとか、no music no lifeとか、Leading Innovationとかね。おおよそ、字面だけ見ると「で、なに?」って言いたくなりそうな。
私はこれを数分かけて読みながら、内容を理解した時に、うわーキモイ。と思ってしまったわけですが、普段であればそういうキャッチフレーズとか約款とか、完全に無視します。ウェブ上の申し込みとかなんて、「承認します」ボタンは1秒で押すことでしょう。
実際私がその文章を読んでいた数分間で、署名をした人は2人。この文章を読むことなくまっすぐ進んでサインしていました。今思い返して、これがエイドリアンパイパーの作品で、この人はこういう人なんだとわかれば、サインしていたかもです。
そうすると、サインするしないっていう行動は、結構あいまいな線の上に成り立っている約束事なんだということが分かります。そして、角度を変えればみんな結構キモイことをしているんだなぁということが分かります。
特にアメリカはサインをする文化です。クレジットカードを日常的に使って、支払うとほとんどのケースでサインします。私もかれこれ数えきれないくらいのサインをしました。
私のマネージャは情報セキュリティ意識の高い人で、FacebookのようなSNSも意識的にやりませんし、オフィスの机を立つときに画面をロックしないものなら、「ロックしな。今私が悪人なら情報改ざんできるよ」という人です。
彼は、クレジットカードの裏に普段なら自分の名前を書くところに”SEE MY ID"と書いています。レストランに一緒に行くと、クレジットカードを見て気づく店員は、「IDを見せてもらっていいですか?」と聞いてきます。彼はそれに笑顔で運転免許証を提示します。
初めて見たときには少しびっくりしましたが、実際はほとんどの店員がIDを見せてもらっていいですか?なんてことも聞きもせずにカードを切って行くそうです。
普段どれだけ何も考えずにサインをしているか。どれほどの人間が、自分の個人情報の管理を、ITや法律等の仕組みに依存しているか。人がどれだけやんわりしたシステムの上で、お互いを信頼しあっているか。
良い方にとらえると、全世界が約款を全面信頼する良い世界ですが、悪く考えるといくらでも付け入るスキのある世界でもある。私はそれでいいんじゃね?と思っている普通の人間ですが、自分だけでも規律を持って正しい生き方をしようとしている人は、そのポリシーによって自分の取る行動が変わるのだと感じます。
ということで、次の記事でこのAdrian Piperさんを介して異文化交流の仕方について掘り下げてみようと思います。