教団Xを読みました。出版から数年たっているんですが。。。
しかし、読み終わった疲労感と、絶望と嫉妬と、、、賛否両論ありますが、問題作であり大作だと思いました。
そして、これに対抗して何か書いてやらないと、自分の頭がぐるぐる回り続けるというような衝動にかられまして、久々に書評を書こうと思います。

 

 


■変わらない世界と変えられない自分

この本テーマとして、私は「変わらない世界と変えられない自分」と名づけました。

著者本人は現代のドストエフスキーにチャレンジしたと言っています。私はこの本を読みながら、村上龍のコインロッカーベイビーズを読みながら、ただただ絶望にうなだれた昔の自分を思い出しました。ですが、中村文則はそれよりも闇が深い。「変わらない世界」に対する絶望というのは今まででもよく目にしました。アニメですが、エヴァンゲリオンもそうだしハルヒもそうかなと。しかしこの小説はそれにプラスして、もう1個。「変えられない自分」に対する絶望が追加された二重の絶望がこの本にはあります。


amazonのコメントで、アメリカ人の読者が「三島由紀夫が戦争で失われた日本人のアイデンティティに対する勝負をしているのに対し、中村文則はテロで失われた人間のアイデンティティに対する勝負をしている。」とコメントしていました。テロと宗教という、本書で直接取り上げた題材で、この本を評する表現としては正しいと思いますが、実はそこまで壮大に考えなくても、ごくごく卑近な例で見てもよいかと思います。
メタボなんでダイエットしたい。

浪費しないで貯金したい。

朝早く起きたい。

子育てとキャリアを両立したい。

断捨離したい。

などなど。

 

巷にはより良く生きたいと思う人のために、その手の自己啓発本がありふれていますが、ほとんどの人ができてない。できても幸せにはならない。
 

 

世界では大変な事件が起きているのに、世界を変えるには自分は無力。

それは分かった。

せめて自分だけでも変えようと思う。

でも、自分を変えるにも自分は無力で抵抗することすらできない。

しかし、それでも自分が生きるこの世界を肯定しなければならない。
 

そうして自分でも自分を肯定できないのに、カルト宗教や洗脳が、あたかも唯一自分を肯定してくれるかのように現れる。それは自分を幸福にするものなのか否か。

この本はそういった問題を提起する本だと思います。



 

■賛否両論の実態
中村文則はアメリカでも認知されていて、ウォールストリートジャーナルのランキングにも乗ったりしています。日本のAmazonとアメリカAmazonの批評に違いはあるかなと思ってみてみましたが、結果は意外と変わりませんでした。
 

全体の評判としては、2割の絶賛と8割の不快。

この本に対する世界の感情は国によって変わるものではなさそうです。
8割の不評は大きく分けると3つありました。
1.よくわからん。
2.セックス描写が多い。
3.ストーリーがない。


私自身は絶賛する前者の2割ですが、この本の持つ栄養素と毒素を回収せずに本をぱたんと閉じてしまう人たちに、「もったいない。。。」と思ってしまったので、その不評に自分なりの回答をしつつ、絶賛する2割の人はこの本をどう評価しているか考えてみます。

 

 

もう出版されて時間がたってしまいましたが、

もう一度この本にトライしてみたいと思う人や、私のように時間がたって何かの契機に読んでみようと思った人が、

本を開いて「やだ。嫌い。二度と見ない。」と思わずに読めるように書いてみたいと思います。
なぜなら、この本で提起している問題を直視することで、最終的にこの絶望にたいする希望を見いだせることにつながると思うからです。


1.よくわからん。の回答
おそらく、松尾正太郎のDVDの話かと思います。正直難しいです。雑学として前提知識が無いとあっという間に置き去りにされてしまう。そしてその分量が多い。
正直、このレベルの知識をさくっと出して、面白いと読み進められる人が2割もいるっていう事に、現代人の情報収集能力の高さと教養の高さが高まっていると感じました。インターネット、小説、ラノベやアニメが一般人に与えた教養が知識の源泉だと思うのですが、この土台の高さが凄いと思います。

 

 

ですが、後の回答でもこたえようと思いますが、ここでギブアップした、ここ、わからなかったら飛ばしてみてもよいかもしれません。この物語はそれでも成立するようにできています。
 

そして、正味言いたい事は1文でも言えます。このDVDの論旨は、

「世の中は自分の制御できない何かによって動かされている」

という事です。「変わらない世界」の表現でもあるといえます。
 

世界を理解するために把握しなければならない知識量は、思ったよりずっとずっと大量で、昔てにいれた知識すら、アップデートを忘れると、時間によって常識が変化する。もはや何が正解やらわかりません。

変えることはおろか、適応することすらできないのでは?という絶望を誘います。
、、、という事をこの圧倒的な文章量で伝えたかったのではないかと思います。個別に掘り下げても教養として楽しい分野だと思うので、いったん全部読んで松尾正太郎の1パッセージを読み返すというのも良いかもしれません。




2.セックス描写が多い。の回答
自分の知識が浅いせいかもしれないですが、絶望のメタファーとしてセックスを使うのは初めてに近く、とても新鮮に思いました。

 


私が知るわかりやすい絶望のメタファーは、暴力と死です。

ベルセルク、バトルロワイヤルなど、圧倒的に強大な社会の仕組みに対して為す術もないことを表現するのに、暴力に打ちのめされ、あっという間に人が死ぬ様が使われていました。
最近私が見た作品で言うと、まどかマギカでマミられる瞬間、進撃の巨人で人間が食われる瞬間でしょうか。これももう古いけど。

 

それと同じように、この本のセックスシーンは絶望感を感じさせます。しかし絶望の種類が違う。死と暴力が人間が明確に避けられない「変わらない世界」への絶望の表現で、このセックス描写は「変えられない自分」「堕落する自分」への絶望の表現です。
 

 

それこそ上で例に挙げた痩せれないとか金がたまらないの種類を思いっきりぶっ飛ばした、理性で拒否できず、欲望に負けるという表現。

それでいて大人はほぼ全員経験するもので普遍に存在している。
根源的で、インパクトがあって、苦しくうなだれる描写です。

 

 

物語の本筋ではないものの、ここで絶望する事に意味があると思います。ですが、セックスは絶望のメタファーで、暴力や死と一緒であると考えると、少なくとも1歩引いた眼で、ホラー映画クラスには客観的に読めるのではないかと思います。



3.ストーリーがない。の回答
アメリカのAmazonのコメントにも、散文的であってストーリーが入らないと言われていました。これは私もそう思います。
厳密にいうと、大枠のストーリーはあるものの、紐づける要素の数と因果関係が複雑すぎて、1本道のストーリーではないという意味ではないかと思います。この手の文章に伊坂幸太郎のような壮大な伏線回収ストーリー求めても仕方ないです。そういう風に作られていないのだから。それでもその小さなストーリー一つ一つに人を引き付ける本質を見ることができるのがこの本の凄いところだと思います。

 

 

 

私は読みながら、これは中村文則の壮大な自己紹介文であると感じました。
それぞれのストーリーに中村文則の断片が存在し、それぞれの視点で客観視した中村文則が存在しています。ピカソの絵でも見ているかのように。
一見してストーリーがわからないのは、そういう風に断片が分散しているからです。

 

 

中村文則自身はこの作品を集大成ですと帯で書いています。言いえて妙だと思いました。確かにこの本には人ひとり入っています。はみ出すぐらい。
なので、この本は中村文則を理解する80の事。ぐらいに考えて、一つ一つの小さなストーリーの回収できるところだけをたどっていく、無理なら飛ばす。読めるエピソードは読む。それでも十分にこの本を読む価値はあるのではと思いました。




 

絶賛する2割のうちの一人は、8割の人が抱いた3つの不評の部分を、こうやって楽しんでいるのだと理解してもらえると。



そして、こういう作品の楽しみ方を見たうえで、読者はこの栄養素と毒素を受け取り、どう消化し、どう考えるべきなのでしょうか。考察範囲をもうちょい広くして時代背景も踏まえつつ、自分の感想と含めて書いていこうかなと思います。

次の記事で。