過去記事をさかのぼってみますと、私がこの 『 西方見聞録 』 を書き始めたのは、2004年11月ですから、4年が経過した事になります。
4年・・・。
4年といえば、私が日本を出てバックパックひとつであちこちをふらふらとさまよった年月と同じです。
そして、この4年間で私が記した旅の記録は、チャプターにして206、実際の旅にして・・・7ヶ月ぶん・・・にしかなっていません。
う~~ん、4年かけて、7ヶ月ぶんしか旅が進んでいないのか。
しかも、ここのところ旅行記はとんと先に進んでおりませぬ。
この、『 西方見聞録 』 は、20代の僕が旅の間に書いていた日記のようなものを読み返しながら、30代の私がつらつらと綴っているものなのですが、この日記、我ながら実に詳しく、よく書けていると思います。
そしてですね、実は、私はその旅先の自分自身にこう言いたいのです。
うーん、この日記、確かに面白い、面白いのよ。 でもねえ、これ宿の食堂のテーブルとか、列車の時間待ちの駅の待合室とかで、すっごい時間かけて1週間分とかを書いている訳でしょう。 確かに旅の毎日の時間はある意味単調にのんびりと流れていて、余裕ありまくりなのは、わかるのよね。 でもねえ、今となって思えば、その時間、そのチンケで退屈に思える町をもっともっとさまよい、いろんなものを目にする事にも使えたと思うのよねえ・・・。
まだまだ私の 『 西方見聞録 』 がたどり着くのはずっと先の話なのですが、この文中の 「 僕 」 が4年にわたる旅から日本に戻って現在の 「 私 」 へと繋がるにあたって、果たしてあの旅は無事終わっているのかどうか、自分でも定かではないのです。
えーとですね、自分でもうまく言いあらわせていないのが分るのですが、何が言いたいのかといいますと、ある意味旅の途中にある現在の私が、こうして悠長に年寄りぶって過去の回想なんぞをしていると、またしてもあの旅日記を書いていた時のように、 「 いま、ここ 」 にある旅、人生の面白みを、ロクに感じ取る事のないまま通り過ぎてしまうんじゃないか? という想いがあるのです。
そのためか、ここのところこの自分の旅日記のページを開くのが多少億劫でもありまして、ようやく開いても、つい現在の私の毎日の事を書いてしまっています。
このままの羊頭狗肉状態のブログでは私自身釈然としないものがありますので、ここはひとつタイトルを変更し、ジャンルを移り、過去記事を整理させてもらいます。
そしてそのブログのテーマのひとつとして、『 西方見聞録 』 を引き続き書かせてもらう という事になります。
旅と人生を同義としてとらえるとしても、あの旅は私の旅の中の旅、珠玉の想い出でありますから。
長年当ブログにお付き合いいただいている貴方、そう、貴方です、そういう訳ですので(?)、だらしないブログではありますが、どうぞこれからも末永くお付き合いくださいませ・・・。