列車の到着の際には、自分の乗る車両がどれかわからず右往左往した。
僕の他にもうひとり、大きなザックを担いだショートカットのブロンドおねえさんがいて、ふたりでホームを列車の前から後ろまでうろうろとして車両番号を探すのだが、切符に記載されている番号の車両がないのである。
結局、それはこのハリドワール駅で新たに連結される車両だったので、わかる訳がない。
元気のいいおねえさんはイギリス人なのか、なんだか粋な感じのするアクセントの英語を話す。
あまりに粋なので僕の英語力ではよく理解できず、とんちんかんな会話をしまくっていたような気がする。
一般的に言って、英語を勉強して習得したのではなく母国語として喋っているイギリス人バックパッカーは、他のヨーロピアンと較べて僕との英会話が成立しにくい。
言い回しが洗練されすぎていて僕には理解しづらいし、僕の間違った英語の意図するところを推測する能力にやや欠ける部分があるような気がする。
まあ、だいたい通じればそれ以上を望むのは贅沢というものだ。
ようやく乗り込んだ寝台車両はガラガラで、僕は旅に出て以来ギュウギュウの満員でない列車の旅は初めてだったのでとても不思議な気分になった。
ええ? いいのか、これで ボク、インド旅行中・・・よね?
そう言えば、子どもの頃に観ていた 『 銀河鉄道999 』 の車中もいつもガラガラだったよなあ などと思い出した。
旅の車中では同席の皆さんとにぎやかに話をしながら時を過ごす事が多かったので、ゆったりとした車両で窓の外を流れる夜景をぼんやりと眺めるのはどうにもヘンな具合で、
ああ、僕は一体ドコに向かおうとしているのだろうなあ・・・
と、感傷的に人生の事なんかを考え出してしまうのであった。
寝台車といっても寝具があるわけではないので、ゴアで買った象がプリントされたシーツにくるまって横になったが、夜は窓からの隙間風でとても寒かった。
・・・・・・。
あまりの寒さで何度目かに目を覚ますと夜が明けており、列車はラクナウの駅に停車していた。
目の前の向かいの寝台にはインド人の弁当売りのおっさんがちょこんと腰をかけていて、
マスタル、朝食はいらんか?
と訊いている。
そのあまりのタイミングの良さについトースト&オムレツの包みを買ってしまったが、食べ終わるくらいにようやく意識が眠りから醒め、ああ?これで15ルピーは高いなあ…という思考回路が繋がったがあとの祭りである。
日付が変わり朝になっても僕のいる車両はガラガラで、とても気分がいい。
この列車はExpressとは名ばかりで、やたら駅での停車時間が長く、単線ゆえの対向車両とのすれ違いの時もこちらが信号所で待ってばかりいる。
その度に窓の外からチャイ売りが声をかけてくるので、つい注文して何杯も飲んでしまった。
チャイの器は使い捨ての素朴な素焼きのもので、飲み終わったら窓から線路に叩きつけるのが普通なのであるが、この器がまた本当に素朴で素敵なのである。
僕はこれを持って帰りたくて何度も荷物の中に入れて保存を試みたのだが、すごくもろくて全部破壊してしまった。
車窓の田園風景や停車駅でのホームの人々の様子などをボンヤリと眺めるのは、最高の気分であった。
とにかく車両がガラガラで、不思議な静寂の中で車窓だけが移り変わってゆくのである。
銀河鉄道の旅 か・・・
この場合僕の頭にあるのは、宮沢賢治的ではなく、松本零士的銀河鉄道である。
・・・うーん、でも、メーテルがいないのが致命的だ
そうなんだよなあ、僕は独りで旅をしているんだよなあ・・・
大学で地理を学んでいるという学生ふたり連れ、停車中に車中のゴミを拾いに来た粗末な服を着た姉弟、豆売りの少年、新しい任地へと向かうという制服姿のポリス、・・・何人かの人々が短い間同席する事はあったが、ほとんどは僕独りで、時間ではない時間を過ごした。
ヴァラナシ到着の時間は18:30だから相当な長時間であるが、思い返してもなんだかセピア色のスクリーンの中のような、ぼんやりとしてとらえどころの無い列車の旅であった。
あれは、僕にとっての銀河鉄道の旅だったのだと思う。
・・・今でも、きっとそうなのだろうと思います。
メーテルがいない所が、まさに 「 私の 」 銀河鉄道たる由縁ではないかと。
うう~ん、あれから時が過ぎても、相変わらずのひとり旅なんだよなあ・・・
自分のココロのままに、自分の思う方向に向かって人生を旅して現在に至っている訳ですが、どうやら最近、ひとりは寂しいみたいです。
やれやれ、参ったぞ・・・。
この記事、もう少し執筆の時期がずれていたらきっと違った調子の旅行記になったと思うのですが、まあこれもいわゆるひとつの巡り合せなんでしょうねえ。
どうやら現在の私、人肌恋しく感傷的な周期にいるようです。
