#141 ブルーシティの恐怖 | かふぇ・あんちょび

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このカフェ、未だ現世には存在しません。

現在自家焙煎珈琲工房(ただの家の納屋ですけど…)を営む元バックパッカーが、

その実現化に向け、愛するネコの想い出と共に奔走中です。

 マハラジャというのは日本でいうと戦国時代の大名とか、江戸時代の藩主みたいなものなのだろうか。

ここジョードプルの街はブルーシティという異名を持つのだそうだが、通りを歩けば一目瞭然であった。

家々の壁のほとんどが、青く塗られているのである。

それは、いつの時代かのマハラジャの好みであり、領民に壁を青く塗るよう下知を下したからであるらしかった。


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 うーん・・・、丘の上にそびえ立つ砦から、文字通り自分好みに塗り替えた領土を見下ろす気分というのはやはり王侯貴族ならではのものなのだろう。


 そんな青い壁の家々の間を通り抜け砦に向かう坂道を登ってゆくと、確かに壮観な景色であった。

眼下の家々のざわめきや営みの物音が合わさってひとつの音となって聞こえ、ああ、この街は生きているんだなあ、という感じがして非常に気分がいい。


 ところが、やはり僕はマハラジャではないので爽快な気分はそこまでであった。

カメラを取り出して眼下に広がるジョードプルの街の写真を撮っていると、坂の途中の質素な民家の子どもたちがワラワラと寄ってきて、オレタチの写真を撮れ撮れ、写真を撮れ撮れ、と身振りでせがんできた。


 …まあ、ここまでなら僕にも各地で経験がある。

こんな時カメラは子供たちとの言葉のいらないコミュニケーションに大いに役に立ってもきた。

例によって直立不動で並ぶ彼らの写真を撮ればお互いいい思い出になるのだろう、…と思った。


 ところが、である。

一枚写真を撮ると、彼らは口々に、ワン ペン(one pen)! エク ルピア(1ルピー)! の大合唱を始め、僕ににじり寄り足にしがみ付いてくるではないか。

もみくちゃにされながらも僕は、初めはまだ余裕があった。

戸口のところに立っていたお母さんらしい女性に、 わぁ ボク困っちゃいましたよ 的なあいそ笑いを浮かべ、彼女が子供たちをたしなめてくれるのを待っていたのだが…


 彼女は騒ぎを収めるどころか、家の中にいた全裸の小さな弟や妹たちを呼び、お前らも早く大合唱に加われ と僕に向かってけしかけてくるのであった! 

隣の家からも、その隣の家からも、近所の戸口という戸口から続々と小さな魔物たちがすっぱだかで飛び出してくる・・・


 な、な、な、・・・ヤバイぞ、これは笑ってる場合ではないわ!


 僕は乱暴にならぬよう一応の注意は払いながらも必死で20人近くになったガキどもを振り払い、一目散にその場を走り去らねばならなかった。

なんとも情けないが、これはインドの旅で一番恐かった体験でもある。



 ここにこうして書き記しても日本ではあの恐怖はうまく伝える事ができないのかもしれないが、僕は今でも、ジョードプルという名前からは美しい青の町並みとともに、ペンをよこせ、1ルピーよこせとわめきながらつかみかかってくる小さな裸のガキどもを思い出してしまう。