シゲさんよりも一足先にハラホリンの町を離れ、ウランバートルに戻る事にした。
さんざん馬に乗せてくれた草原のゲルでも別れの挨拶をする。
オヤジさんには中国から買ってきたマルボロ1カートン、奥さんにはウランバートルの国営デパートで買った瓶詰めのピクルス、師匠には、ごめんなさい、師匠には紙飛行機の作り方だけだったなあ…。
遊牧民に知り合いの家庭があるんだ、という想いは、10年後の今でも僕の胸を温かくしてくれている。
あれから10年、師匠はハタチくらいになって、子どもの2、3人いるのかもしれない。
早朝、隣の部屋のジャルガルに見送ってもらい、ウランバートル行きのバスをつかまえる。
9時発のはずのバスは7時半には満席になり、8時前に出発した。
どうりで行きのバスには乗れなかったはずである。
車中では女性や子どもに折鶴を折って遊んだ。
モンゴル人が中国人と違うと感じたのは、折鶴を渡すとすぐに分解して、折り方を覚えようとするところであった。
彼女たちは折り紙がボロボロになるまで何度も何度も作り直し、10時間後ウランバートルに到着する頃には皆上手に鶴が折れるようになっていた。
これも遊牧の民らしい所なのかな?と感心してしまった。
確かに、紙の鶴そのものよりもそれを作る技術を欲しがるというのは理屈に合っている。
初めて北京からウランバートルに到着した時には、なんだこの寂しい町は…と思ったのであるが、今回草原の向こうに見えた首都の町はすごい大都会であった。