旅の金銭感覚 | かふぇ・あんちょび

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このカフェ、未だ現世には存在しません。

現在自家焙煎珈琲工房(ただの家の納屋ですけど…)を営む元バックパッカーが、

その実現化に向け、愛するネコの想い出と共に奔走中です。

 旅行中は、いつもその国の金銭感覚を得ようと努力してきました。

 為替レートってありますよね。
例えば回想録の今の時点で「僕」が旅しているモンゴルの通貨はトグリグといい、日記によると当時のレートで1トグリグ=0.21円です。

 しかし、実際の買い物の時、現地通貨を日本円に換算してものの価値を考える事はあまり役に立ちませんでした。
「役に立たない」という言葉はちょっとしっくりきませんが、例えば、瓶ジュース一本100トグリグ=21円という換算をした所で、このジュースが高いか安いかはわからないのです。

 本気になって考えると、他のいろいろなモノの値段、現地の人々の収入、とにかくあらゆる要素を考慮に入れる必要が出てきます。
ですから、旅行者が地元の人々の感覚を掴むのはほぼ不可能だと思います。
日常生活をしてる訳ではないので、小遣い帳をつけたところで、旅行者向けの値段と地元商店などのローカルな値段がごちゃ混ぜになります。
しかも現地での収入はゼロ。
マネーベルトには人々の数年分、ひょっとすると数十年分の稼ぎに匹敵する旅費がうなっています…。

 そもそも、金銭感覚というのは他人と共有できるものなのか? という本質的な疑問も生じてきます。
私にとっての100円と、これを読んでいるあなたにとっての100円は、果たして等価でしょうか??

 …話が自分でも解らなくなってきましたが、私の旅の初めから終わりまで、この「金銭感覚」というのは非常に興味深い課題であり続けました。
 
 まあ結局実際には、お金は大切に使おう という意識を持つくらいしかできなかったのですが。

 定価でモノを買う事に慣らされた頭では、簡単な買い物の交渉ですら、時に人生観を揺るがす衝撃になり得ます。

 私: これいくらなの? 

 商人: 200ルピー。  

 私: 高いなあ。  

 商人: じゃあお前はいくらならコレを買うんだ?

 私: ・・・。

 はい、この時点でアウトです。
旅の初めの頃、私は自分が何かに金銭的にどれだけの価値を置いているのか解っていませんでした。
しかもこの思考を日本円でやってしまうと彼らに莫大な利益を与える事になるのです。

 もちろん、自分がそのモノにそれだけの価値があるとして決めた金額を払えばそれでいい、という考え方はまっとうです。
しかし、日本で生活してきた頭で考えるとして、例えばインドでの紅茶代に喫茶店と考えて500円、あるいは缶ジュースと考えて120円払いますか? 実際は3円から6円くらいなのに。

 国境という見えない線を越えるとお金の単位が変わるばかりか、あるものに対する金銭的な価値観まで変わってしまう、というのは不思議ですよね。

 ちなみに、私は旅した国の小額紙幣をコレクションするのが楽しみのひとつでした。