#83 民族の誇り | かふぇ・あんちょび

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このカフェ、未だ現世には存在しません。

現在自家焙煎珈琲工房(ただの家の納屋ですけど…)を営む元バックパッカーが、

その実現化に向け、愛するネコの想い出と共に奔走中です。

         ウイグルの爺さん

 クチャのモスクを訪ねる途中で、いつものように道に迷った。

僕は方向オンチのようで、どこでも目的地にすんなりたどり着けたためしがない。

 民家の軒下の日陰で涼みながらお茶を飲んでいるウイグルのじーさま達に道を尋ねると、格好の暇つぶしが来たわい とでも思ったのか、お茶に誘われ一座に加えられた。

ウイグルの老人たちは流暢に中国語を話す訳ではなく、僕にとってはかえってそのカタコトの中国語の方が解りやすくもあり思いのほか会話が弾んだ。

 何処から来なさった? お独りか? 結婚はしていなさらんのか?

というお決まりの質問コースに答えていると、

 ところでお前さんは、ワシらの事を知っていなさるかね?

という、ちょっと意味の掴みにくい質問がやってきた。

 僕は以前、モンゴルから中国へ戻るシベリア鉄道の中で、ハルクという名のトルコ系の民俗学者にイロイロと興味深い話をしてもらったことがあった。

そしてその話の中に、ウイグル人達は「新疆」という中国人が命名した彼らの土地の名を嫌っている、といって教わった名前がある。

 ああ、知っていますよ。 ここはシャーキ(東)トルキスタン。

と、僕がそのトルコ語の名を口にすると、ほとんどが70代の老人の彼らが、まるで青年のようにどっと沸いた。

それは、歓声というよりもむしろ雄たけびと呼ぶのがふさわしい程であった。

 かつて砂漠の通商路に覇を唱えたウイグル族であるが、かれらが漢人やモンゴルに主権を奪われたのは遠い昔の事であるはずだ。

それでもなお彼らの血の中には、その民族の誇りが脈々と受け継がれているということか。

ほんの軽い気持ちで彼らを喜ばそうと口にした名前であったが、その反応に僕は圧倒され、言葉を失った。

それは、異民族による支配の経験のない日本人の僕には解らない感情なのかもしれない。

あるいは逆に、敗戦国としてアメリカに支配された結果、その感情を失っているのかもしれない。

いずれにせよ、彼らの老人らしからぬ沸騰はこの僕にも伝わり、本当の理解は出来ないながらも、胸にアツいものがこみ上げてきた。

 じーさま達は皆でよろよろと立ち上がると、ゆっくりとした足取りで僕をモスクへと案内してくれた。