ツレが来たので閉店する松坂屋のヨドバシカメラ
(サンシャインサカエに移転予定)を見るついでに
名古屋学芸大学の卒展を見に行くことに。
会場の愛知芸術文化センターではゴッホ展が開催中。
年始の特別展は有名画家の展示になることが多いが
チケット売り場は10階の美術館の入口前でなく
長年シャッターが下りていた2階の喫茶店跡地に。
チケット売り場が変わったことを知らせる為に
エレベーター前にスタッフを立たせていて
吹き抜け側のエレベーターは
美術館フロアへ直通運転になっていたのは
何年か見てた中では初めての仕様。
フィンセント・ファン・ゴッホって、
生前、売れずパトロンもないまま亡くなった画家。
いや、パトロンの役目は弟が果たしていたか。
画家仲間とは面倒臭い性格で衝突しがちで、
初期に描く絵は薄暗い家でじゃがいもを食べる
貧しい農家の家族とか題材が陰鬱だった。
そこで印象派の塗り方、浮世絵の影響から
明るい色を使うようになり南仏のアルルに転居。
その際にアルルに画家を集めて
共同生活をしようと画策したが
来てくれたのはゴーギャンだけでそれもすぐに解消。
自傷行為で精神病院入りして自死。
半年後には支援者だった弟のテオも病死。
その後、テオの妻のヨーが義兄の絵を売ることに。
ゴッホの時代は
写実を最上とした絵画の世界から
写真が生まれて絵に求められることが変わった頃。
白黒だが生き写しの写真に絵で正確さは敵わない。
写実より感覚的に伝わる方法、
補色の関係を活かして色から受ける温度感で
陰影をつけるとか色の三原色を点描で描き
絵の具で載せていない色を幻視させる
印象派の技術が生まれた。
厚塗りで絵の具のテカリと起伏で出来る明暗で
絵は層の積み重なった立体だと感じさせるとか
ゴッホはそれが読み取りやすい画家だと思う。
俺は写実に惹かれるからゴッホは好きじゃないけど
タダ券貰ったら行ってもいいよw
余談が長いのは薄い内容を水増しするため!


名古屋学芸大学の卒展へ。
受付はタブレットから学校との関係、
学生や進学希望者、保護者、無関係などから
選んで受付終了。展示目録貰って出発。
これは去年と一緒。
今年は他のスペースで有料展示をしていたので
そこには入り込まないように順路が普段とは逆。
例年の入口側が出口になってて
スタンドで立てられたタブレットが2台。
これは感想アンケートを打ち込む用だった。
スクロールで想定外の質問があったり
書きたくない項目があって
それが必須項目だったら嫌だなと思ってしまう。
芸術は『みんな違ってみんないい』でも
学芸大は作者の個性の感性の発露を作品とする人は少ない。
デザインは広告や冊子などを見てもらうノウハウ。
展示物は『何か』を説明する解説をする作品が多い。
見る側に興味を持ってもらう、敷居を下げた見せ方、
広告デザイン系のものを学ぶ学校だと感じる。
人に好まれる展示を模索してる感じなら
観覧に来た人の評価も欲しいんだろうね。
デザイン系にとっては取っつきやすい、
疑問に持つところがない方がよく出来た作品だろうから
『良かった作品を教えてください』は大変だったよ。
1つ良かったものを選ぶならこれだなと
細かく割られた部屋のどの辺りにあったか思い出して
目録の小さな写真とタイトルから
受ける印象と照合して番号を選んで
スクロールしたらまた
『良かった作品を教えてください』
2回目?甲乙付けがたかったのはアレだなと
また目録と場所を照らし合わせて入力して
スクロールしたら
『良かった作品を教えてください』
3回も選ぶんかい!!
それだったら最初に言って欲しいな。
そしたら目録にチェック入れたり
作品とタイトル写真を把握する為にもっと撮ったのに……。
写真は撮影可マークつきのを数枚撮っただけ。
展示目録に撮影可って書いてあったら
バチバチ撮っちゃうんだけど作品個々にだとなぁ。
ここは作者の個性ある絵の展示はほぼないけど
絵を描く人にはAI学習は問題になってきてるから
他の美大はどうするんだろな。
特に絵の世界はAI学習は大きい問題だろうし。
絵は練習としてなぞるトレースから
見て写す模写までは当然の手法だったはずだけど
AI学習は余りにもリスペクトに欠けるというか……。
描けないフラストレーションを
一気に解消出来た快感に酔って振り回したい人に
禁止を掲げても抑止力にもならないだろうしなぁ。
松坂屋のヨドバシカメラへ。
家電というかプラモデルの棚を見に行った感じで
空になった棚を端に寄せて
少し広くなった店内を回遊して終了。
夕暮れの屋上遊園地。
俺ひとりならここから徒歩で帰ることもあるけど
絶対ゴネるので最速パターンの電車移動。
