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ちょっとその辺行ってくる!

興味の沸いたものを見に行ってはちょっと書いてます。

中の人のネット環境が絶賛崩壊中なので更新は不定期。
即時の反応は出来ません。

名古屋市東部の丘陵地回避の為に
バンテリンドーム近くを通りたかったが
この日はデーゲーム開催日なので
試合開始を待って出発は14時過ぎ。


今回の目的地があるパロマ瑞穂スタジアムへ。
野球場の隣には3on3コートや短距離走用トラック、
ラグビー場の横にはスケートボードなど用の
セクションを作ったパークが新設されていて
古墳の隣の公園もリニューアルされた。
この日はサッカー Jリーグの試合開催もあって
歓声は南側の高台まではしっかり聞こえたので
周囲の住民も何事か?と興味を引かれたのだろうか
多くの人たちが公園を訪れていた。
試合日だからかスタジアム側の山崎川沿いに
キッチンカーが何台も並んでいて
新設された建物だからトイレもきれい。
図書館、小劇場に広い公園が集中した一角が出来て
周辺の親子にはいい場所になったかもね。
……お陰で駐輪場が満車状態でとめられんw
スタンド入口へ行く階段の下とか
スペースはあれど誰もとめてないからって
一番槍決める度胸もないからね。
仕方なく道の向こうのラグビー場の方の駐輪場へ。


道を渡っておおぐるわ縄文ミュージアム……と
思ったらスタジアム側から黒いのが来た。


グランパスくん!?

中京テレビの朝の番組 あさドレの
タイトルの入った服を着たスタッフが居て
グランパスくんに話を聞いてたようなので
こけら落とし試合の日に起きた
グランパスくん落水事故を紹介するのだろう
見てた限りグランパスくんは
川を見下ろす位置に居たが川まで下りず
次の仕事の為に早足からスキップに切り替えて
スタジアムの中に帰って行った。


おおぐるわ縄文ミュージアムへ。
1980年、瑞穂陸上競技場建設の際に
縄文時代のものとされる大曲輪貝塚が発見された。
川の向こう側からも貝塚、古墳、
平安時代の焼き物も見つかっているが
大曲輪貝塚からは
人骨が見つかっているからか特別視されている。

縄文時代の尾張と発掘の紹介。
濃尾平野の大部分が水没した絵地図に似た地図。
縄文時代は今より温暖で海面が高い時代、
一宮市や大垣市辺りも海だったとされる。
岩倉市や清須市にも縄文から古墳時代の遺跡があり
あま市にはそこらで拾えた海藻と
野菜を一緒に保存したものが漬物の始まりとして
漬物の発祥の地とする神社があったり。
遺跡と神社の伝承がクロスオーバーすると
伝承も実際にあった出来事に思えてくるよね。

中はこんな感じ。

ミュージアムは反転させた9みたいな形をしていた。


先代の瑞穂陸上競技場の北西側には
人骨が見つかった状況がわかるよう

発見された状態を再現した展示があったが
(末期は中が見えなくなってたとか)
建て替え時からは見られなくなってたんで
それがどうなったかを見たかった。

再現した人物フィギュアの右のが人骨で

犬を抱いているように埋葬されていた。

推定復元された埋葬者と犬。
壁面の展示ケースには縄文時代の石器や土器、
展示台には平安時代の遺跡から見つかったものも。



骨がどうなったかを見届けたので
5月末に閉店になるヴィレッジヴァンガード本店へ。
名城線に沿って行けば坂もさほど辛くない?
いや、辛いわ!と天白川→植田川に近い弥富通りへ。
途中、ラグビー場がある南側の高台からも
パロマ瑞穂スタジアムの歓声が聞こえた。

弥富通りを東に走り出してすぐ、
ロードバイクのオッサンが車道を流していた。
下り坂で踏まない……?とギョッとする。
片側2車線あるとは言え路肩に余地のない道で
自分の命を守る為には後続車から逃げる。
歩道へ逃げないなら前へ加速するしかない。
なのに自転車に固定したスマホ見ながらダラダラと、
あまりに鈍いので後続が居ないのを見て
追い抜いて少し速度を落として牽引する素振り、
またはこの程度なら追い抜けるだろ?と
軽い挑発を匂わせてやったのにダラダラと……。
なんで車道をそんなマイペースで走れるんだろ?と
呆れて加速して突き放す。
車道なんて横からの飛び出しと、
同じくらい後ろへの警戒をし、
隙あらば前走車を風避けにして楽をしたい狡賢さが
後続から逃げる余力を長持ちさせるんで
あんな走り方は事故誘発としか思えない。
自転車青切符から約1ヶ月経ったが
襟を正す期間は終わってしまってるのかな?


片側1車線になったところ、
塩釜口駅の手前くらいの交差点で先頭で信号待ち、
対向の位置で信号待ちしていたのはパトカー。
最初は車道に居たが後続車を先に行かせようと
歩道に上がろうとしたら
パトカーの赤色灯が回った。サイレンは鳴らず。
信号が変わるのに合わせて回り出したのだろうが
タイミング的に俺への牽制と感じた。
この幅の道で後ろから突かれたら危険だから
車道の停止線を越えて歩道に入ったらダメなの?
フライングすると思われた?
たとえお巡りさんに何か言われても
車の流れと安全の為に歩道に移動したと抗弁するぞ。
危ないと思って回避行動しない選択はないだろって。


ヴィレッジヴァンガード本店。
1986年オープンの遊べる本屋をコンセプトに
本と関連した雑貨を並べて
その関連性をわかりやすくした見出し(POP)で
客の気づきや共感、笑いを喚起させることで
その刺激にハマったファンが通う店となり、
今や多くの店舗を持つ本屋チェーンとなった。
その始まりの本店は建物の老朽化で


来月末に閉店するので見納めに。
趣味やいいねと思ったものをかき集めて
乱雑に詰め込んだ倉庫のような店内は
サブカルは個性を求める人には刺激的だった。
今やショッピングモールにも出店してるが
あれほどのファンシーさはなく全体的に茶色くて
アメカジや退廃的な雰囲気が濃い。
床も板を釘で打ち付けたようで
乾燥して反りが出てる箇所を踏めばキーキーと鳴る。

ヴィレヴァンから北上し、
名古屋高速東山線を潜った先辺りが
偽警官に罰金を取られたと訴えた狂言があった。
その近くの八百屋がちょっと変わってるのだが
閉店作業中かな?と感じたのでスルー。
店先の黒板はセール情報を載せるではなく
黒板アートが描かれている。
以前、何年前か覚えてないがその時はhideで
今回の絵柄は安室奈美恵が描かれていた。


帰宅は18時過ぎ。
これの下書きを書きつつ磯田道史の歴史をゆくが
小牧・長久手の戦いの岩崎城の戦いを紹介するので
画像を用意して備えようと思ったが、
通信制限食らってうまいことアメブロに入れずに
(文字検索出来る画像フォルダ代わりにしてる。
本文に場所や被写体の名前をきっちり書いてあれば
Googleフォトよりも断然優秀だと思う)
画像を使うことなく実況して終了。

小牧・長久手の戦いとひとまとめにされる中でも
羽黒(八幡林)の戦いや蟹江城合戦などの
尾張で起きた合戦では
徳川家康に天が味方したかのような勝ちを収めている。
その中でも長久手で起きた戦いは
羽柴秀吉側は人力ゆえの情報伝達のタイムラグと
それ前提の先読みが通じない程の状況変化に
終始読み違いと後手に回ってる印象がある。
逆に言うと両軍の判断が少し違っていたら
戦況は一変して家康と秀吉が真っ向から衝突し
家康が負ける可能性が高かった際どさがある。
それが小牧・長久手の戦いの魅力なのだが
戦闘で勝ちを重ねても秀吉側は大軍で
家康が手を出せないほど離れた織田信雄の領土を
じわじわと攻めて信雄を屈服させ、
敵を家康のみに絞って攻める準備を整えるも
北陸から美濃、尾張、近畿に渡る天正地震が発生。
秀吉側の大垣城や長浜城が倒壊したが
家康の三河は秀吉側に比べて被害は少なかった。
合戦準備が台なしになった秀吉は
家康を懐柔する方針に切り替える……みたいな。


小牧・長久手の戦い好きとしては
長久手古戦場記念館は気になるところだが、
愛知県立芸術大学で目玉展示があったら
ついでに行かなきゃ!とも思うけど
混雑してるオープン間もない今よりも
空いてきた頃合に行きたいよなぁ。