3/31 しだみ古墳群ミュージアム見に行ってきた。 | ちょっとその辺行ってくる!

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中の人のネット環境が絶賛崩壊中なので更新は不定期。
即時の反応は出来ません。

 昼からのローカル番組がお城特集だったので
それを見終えてから出発しようとしたら空が雲に覆われていた。
新聞の降水確率では10%だったし、降っても大したことないだろうと出かけたら

晴れ間に乾く程度とは言え二度も降られた…。

 


市内最大の遊水地と古墳時代~室町頃までの痕跡が残る
天白元屋敷遺跡付近。

鉄塔右奥のがゴリラーマンの高校のモデルになった守山高校。
古墳群ではないもののこの遺跡の出土品もミュージアムに展示されていた。
手付かずの自然と人類の痕跡を残していたこの辺りにコストコが出来る。
自然も遺跡も商業施設もどっちにも干渉しないよう出来ればいいんだけどね。
…無理な話かw

 

 しだみ古墳群ミュージアム、愛称はSHIDAMU(しだみゅー)。
名古屋市内の市営の博物館・資料館は昭和に建てられたものばかりで
時代遅れとも言えるデザインのものばかりだったが、ようやくモダンな建物が…。

 展示室は建物全体から見たら小さい気がする。
カフェや低学年児童までの遊び場などを想定した感じで
そっちにスペースを持っていかれている?
受付カウンターと展示室も離れているし、
将来的に展示室が無料になる可能性を期待しちゃう(ォィ

計画時のpdfを見ると3階建てで道の駅のような産直市場も併設する予定だったらしいが

県道沿いならまだしも路地を一本奥に入ったところだし賢明な判断。

 


 展示は子供にもわかりやすいよう作られている。
展示室入って最初に志段味古墳群の誕生を説明するアニメ。

 時代的には第26代継体天皇の時代(西暦510~30年頃)
庄内川が濃尾平野に出る最初の場所に当たるこの地に川湊があって
それを治めていた地方豪族が

奈良から技師を呼んで古墳を作ったものを手本に

長い年月をかけて大量の古墳が作られた。

継体天皇の妃で安閑天皇・宣化天皇の母となったのが
尾張の豪族の娘で、同じ継体天皇の子でも別腹の欽明天皇が継ぐまでは
尾張と皇室の関わりが濃いと推測してこの時代に
この地域に大きな影響があったという推測なんだろう。


 展示物は鉄鏃や馬具、再現された刀はケースに収まっているが
埴輪などの展示は触れていいものとダメなものが混在していて
触ってダメなものも小さい子でもギリギリ触れそうでちょっと怖い。

説明文は大きな手書き風の文字で書かれているし
壁にも親しみやすそうな絵本のような絵柄の実寸大の人物画などで
飾られているので小学生の歴史の読本を立体化したみたいな印象。
展示物の多くが守山区志段味地区で見つかったものだが、
同じ守山区の小幡長塚古墳のものや中区古渡町で見つかったものも1~2点ほど。

 

 

 2階から外、河岸段丘の上の公園として整備された、
古墳の並ぶ高台に出られる。そこでぐるっと見て回ろうとしたら
雨が降って来て諦めて建物に戻って
体験教室などをやる部屋の書棚をチェック。
古墳や遺跡を紹介する本、小学生向けの歴史マンガなどに混じって
創世のタイガやへうげものがあるのは笑うわ。
創世のタイガの舞台はまだネアンデルタール人が生きてる時代だし、
マンモスをナウマンゾウに見立てたとしても

それらはB.C.1万年以上前の先土器時代には滅んでるはずで

A.D.に入ってる古墳時代を紹介するこの博物館の展示内容とズレてないか??
へうげものは天白元屋敷遺跡から
須恵器から自然釉の陶器、天目茶碗まで見つかってるからアリかな?w

 


 一雨来て晴れたと思ったらまた雲が出てきて
ブックオフを2軒見て回る予定を諦め帰宅を急いだが再度降雨。
天気予報のウソにやられた1日でした。

 

 HDDの中に整備前の田畑とあぜ道だった頃の写真があるはず!と

漁ってみたが2013年からしか見つけられない。

確か埴輪が見つかったニュース見て行った時にあぜ道の中突っ込んでったら

虎柵の向こうに土から出た埴輪っぽいのがあったのを見た覚えがあって

ググったら埴輪発見の記事が2008年。

デジカメのデータを溜め込むようになったのは2009年末から。…こりゃ見つからないなw

 

 とりあえず2013年のと比較してみましょ!

2019年の東大久手古墳

2013年の東大久手古墳(だと思う)

道が出来ちゃってるところとその左の木の感じが似てる。

 

2019年の西大久手古墳

2013年の西大久手古墳(だと思う)

どっちも写真の前に遺跡の名前入った看板撮ってるんで間違いないと思うが…。