先月2月15日の豪雨は1日の降水量77mmということはgoo天気でわかったが、先月閲覧できた東村山、小平各地の2/15の1時間ごとの降水量(最大33mm/hr)の表が履歴にも残っておらず、検索でも探し出せない。ので、3月13日の雨(仕事で見に行けず)でも局地的に決壊量だったのかは不明。翌14日の川床は落ち葉が押し流された痕は見えるが、2げつの名残なのか判別できず。

西の出水口。水溜まりが残る。

吹き寄せられた落ち葉

北の橋の手前。流れ切らずに戻り込んだ痕が輪になっている。

東村山市の9時の降水量は23mm、最大だった12時には31mm。小平市では9時に23mm、12時には26mm。東京都心で14時までの1時間当たりの降水量は24mm、統計開始以来、2月としては1位の降水量。1時間に15ミリ以上の雨が降るのは、昨年2020年8月23日以来。

9月以来の流れ出現、しかし流れが復活したという印象ではなく、堤防が決壊した氾濫のイメージ。しかも冬に。一梅雨丸々かかってやっと臨界点を越えて流れ出すぐらいなのに半日の雨量で越えるものか?? 溜めておくべき弁を開け忘れて溢れさせてしまったのではないかと思うほどでした。

 

 

 

東の出水口から橋までは落ち葉の山が払われていなかったこともあって、初めは水溜まり状態だったのが見ているうちに落ち葉の山を押しながら流れ始めた。落ち葉の量がハンパなく重たいため、ゆっくりとしか動かない様子が10年前の津波の映像を思い起こさせる…。

 

 

12時前の黒目川。

 

 

 

8月18日にはサイカチ窪側の流れはどんな小さなものもなくなりました。

そして、23日には新青梅街道北側の黒目川湧き出し口も勢いのはっきりした出水はなくなり、たゆたう程度の流れになります。

この間の日誌は後日。

 

「逃げ水」とは、強い日射のときに見られる地面付近の蜃気楼を指し、「武蔵野の逃げ水」が古来有名だが、『小平市史』p37にこの語源にまつわる記述があった。それによれば、少なくとも「武蔵野の逃げ水」は蜃気楼現象ではなく、大雨の後に出現した「野水(のみず)」が徐々にその後、透水性の高い関東ローム層に吸い込まれて消失する、この一帯に普遍的な現象を指しただろうと。

 

サイカチ窪に通ってみて更に思ったことは、この「逃げ水」は水たまりが消えていくことだけを指していたのではないのではないかということ。

というのは、サイカチで一旦復活した流れが雨が降らない日が続いて水量が減り、川床に散在する水たまりだけとなった後も、その水たまりの中を水が流れている!のに気づいたため。川床の水たまりは単に標高が周囲より低いから水が溜まっているだけでなく、それ自体が湧水地点なのだということ。そして、その流れはもちろん北=下流に向かっていて、徐々に水量が減って水たまりの数が減っていくと、まるで本当に下流に向かって水が流れながら逃げていっているように見えること。「逃げ水」の本来の意味はこれだったのではないかと。

 

川床は粘土質の土が主だが、所々に水分を含んで黒々とふかふかに柔らかい土の片々が見える。そして、その場所こそが水たまりの残っていたところ。ここを踏み固めてしまうと地下からの湧水が地上に上がってこられなくなってしまうだろうと踏むのを躊躇させる柔らかさ。

 

例によって撮影技術に大難あり…

 

翌日も。下手すぎて涙が…

 

黒目川の側はこのぐらい。却って増えているか??

 

 

8月6日

梅雨明け三日、ではありませんが、晴れ続き。

東口付近は流れが見えます。どれも撮影技術がなさすぎて、湧き上がってきているところが全く不鮮明…。肉眼では見えていたのですがm(_ _)m。

 

東の口から西の口までのところ、流れが途切れがちになってきました、が、よく見ると流れているというべきか湧いてきているというべきか、状態に。

 


8月8日

ますます途切れ途切れとなりながら続く流れ。

 

 

 

8月9日

 

 

 

8月10日