3月初旬の朝、玄関の扉を叩く音で目が覚めた!


祖父が危ないと言う知らせだった。


私は寝巻きのまま車に乗り込み病院へ急いだ。


到着すると祖父が「連絡してくれ」祖父が最後に話した言葉だった。


その後直ぐに祖父の兄弟などが到着し始める、

祖父は目に見えて苦しみがり始めていた。


私はいつの間にか号泣していた。


私は号泣しながら、祖父に今までのお礼を伝え、父が病院に着くまで頑張るように励ました。


その頃父は、仕事で県外に向かっていた。

戻ってくるには高速で4時間はかかる。

私はどうにか間に合って欲しいと願っていた。


病院の先生から説明があると別室に呼ばれた。


肺に水が溜まっている状態で、これ以上の治療はできないと言われた。

溺れているような状態でとてもきつい状態です。

意識をボーっとさせる薬を使用する事を勧めますがどうされますか?と言われた。


私は父に電話で先生から言われた事を伝える。

父は力無い声で「任せる決めてくれ」と一言。


祖父の兄弟と私はとても苦しむ祖父に対して楽にしてあげたいと意見が一致。


その事を父に伝えると、

「薬を使うという意味が分かっているのか!」

「意識が無くなって反応する事が出来なくなるんだぞ!」

「お前は考えて言っているのか!?」

急に怒鳴り出す父


何故キレた?任せるって言ったのお前だろ!


「お父さんはその場に居ないからどうするか任せるが責任持ってちゃんと考えろよ!」


責任全部なすりつけてくる父。

私は言い返す気にもなれなかった。


その後私は薬を投与する事をもう一度考えて、投与する事に決めたと父に伝える。


父は「責任持てよ」と言った。


私はそのまま祖父の兄弟に電話を渡し、祖父の元に戻った。


結局祖父は薬の投与される前に亡くなってしまった。

父は祖父との別れに間に合わなかった。


祖父が無くなって約一年後


私は実家の横にある古いアパートの一部屋をタダで借りていた。(祖父の所有だったアパート)


私の家は実家の周りに祖父の兄弟の家が2軒建っていて親戚が集まっている。


ある日の夜、父に呼び出された。

アパートは収益をちゃんと上げたいから出て行くか家賃を入れろと言われた。


当時彼女とアパートで2人暮らしをしていたので

彼女と相談してみるといい、私は帰った。


相談の結果

引越し代も掛かるから家賃を払う事に決めた。


その事を伝えに行くと

父はキレながら出て行くか、実家で一緒に住めと言い始める。


私は翌年から専門学校に行く事が決まっていた。


来年から進学するんだからお金が掛からない実家に住むようにと言ってくる。

アパートは経年劣化もありリフォームしたいから出て行けと言う父。


私は考える時間が欲しいと父に伝えた。


私は、2週間に一回のペースで呼び出され、一緒に住むように責められる日々が続いていた。


言われる事は

「学生になるのだから金が掛からないように一緒に住め!」

「お前の為を思って言っているのに、お前は何を考えているか分からない!」

毎回上から言ってくるのに嫌気がさしていた。


そんなある日兄のようにしたっていた従兄弟が病気でなくなった。


従兄弟の葬儀の帰り私は父と喧嘩した。


父は私に「お前は恩着せがましい」と言ってきた。


続きは次回