テストもそろそろ中盤戦に差し掛かってます。
勝手に日にち勘違いしていた試験が約2つあったけどね。
正式な日にちは1週間後だそうです、よかったよかった。
どぎまぎしながらボランティアの初日を終えた俺。
2日目は実際に老人ホームで高齢者の方の傾聴(耳を傾けて話を聴くこと)をするボラ。
大学時代の今でも、たまにボラするんですけど、この傾聴ってすごい疲れるんですよね。
耳だけじゃなくて5感をフルに活用して相手の話を聞き取って会話しないといけない。
話した相手が口が利きにくい人だと、話が聞き取れなかったり・・・まあそれはそれでやりようがあるんですけど。
機械があったらぜひやってみてください、一回でも体験するといろいろ思うところがあるかもしれない。
まあ大学時代のことは後日書くとして、このときは初めてのボラで戸惑ってたと思う。
それを考慮して、自らコミュニケーションを取れる方をスタッフが割り当ててくれたんだけどね。
ちなみに部長は別の場所でボラ。
一緒に行動した子はまだ小学生だったので、俺が積極的に話してました。
確か戦争時の昔話を聴いた気がする。
内容を細かくは覚えていない、メガネさんのインパクトが強すぎて記憶が錯綜状態。
ただはっきりと覚えているのは、「ありがとう」という心の残った言葉だった。
このときのストレートに自分へ向けて発してくれた感謝の言葉というのは久しく聞いていなかった分、心に残った。
ありきたりかもしれないけれど、その当時では一番頭に残ったセリフかもしれない。
2日間の行程が終了し、一路初めに顔合わせしたセンターに移動。
ここで集合写真とって解散。
小学生や中学生はここで帰路へ、ただ俺たち高校生以上は今後の流れを説明するためそのまま居残り。
スタッフさんに説明受けたところ、これでとりあえず俺と部長はボラ終了とのこと。
すでに時期は8月の後半だったため、学校が始まる時期だった。
このときは「やべえww宿題やってないww」というよりもボラの達成感が胸を占めていた。
いや実際宿題やばかったことはやばかったんだけどww
帰るころには、もっとたくさんのありがとうがほしいという感情が芽生えていた。
ちなみに数日後にメガネさんから、お礼のメールが届いていた、いやいやこちらこそお世話になりました。
遊びの誘いのメールが届いていたが、ヘタレ絶好調の俺はやっぱりスルーしていた。バカ!俺のバカ!
そして高校1年の夏が終わりを告げ、秋、冬と季節が過ぎていった。
相変わらずネトゲはやめておらず、成績も下降気味だった。
部長は相変わらず優等生で、学年成績も上から数えて3位あたりをキープしていた。
一方俺はクラスで下から数えて2番から3番という体たらくだった……。
このままだと普通どころではないな……ということにようやく気づいた俺は成績のことを本格的に気にし始める。
中学時代に行っていた塾の見学に言って見たりもしたが、どうも肌に合わなそうだ。
まず問題点として俺には目標大学がなかった。
というわけでひとまず進路選びの一つのセオリーに従い、まずは学びたい学部を選ぶことにした。
志望学部から逆算していって進路を決めていく作戦だ。
実は春ごろにも、大学に進学するのなら、自分はどこの学部に行くかを考えたことがあった。
そのときは文学部という結論。
「本読むだけの勉強ならなんとなく楽しそう」という文学部所属の人に殺されそうな理由だった。
さすがにそれはまずいだろうということでもう一回考え直し。
イラストつきで至極わかりやすい進路本を手に取り、学部一覧を眺める。
「……学部ごとになれる職業…ん~わからん、ここは飛ばそう。」
「……経済学部…いや俺は経済って感じじゃないなぁ、どう考えても」
「……教育学部…先生とか想像つかないわww」
「……法学部…なにそれうまいの?」
どうにも迷っている状態で、どんどん選択肢が消えていく。
しばらくして、紙面をたどっていた指が止まる。
「社会福祉学部……か……」
――ボランティアのことを思い出した。
思えばなぜあのときありがとうがもっとほしいと思ったのだろう?
普段あまり接しない年齢の方から言われたから?
ボランティアという場だったから?
いや多分もっと根本的な……
答えはすぐ見つかった。
それは自身の無力感からの欲求だった。
自分の内気な性格や、何よりバスケ部時代に全く部員の役に立てなかった時の感情から生まれたものだった。
16年間という浅い人生経験だった分、この分析にはあまり時間はかからなかった。
もっとありがとうという言葉が多くの人からもらえるだろうか?
そのために自分がどこまでできるか挑戦してみる生き方だったら、やりがいもあるんじゃないか?
自然にそう思えた俺は社会福祉の道を進むことに決め、高校1年を終えた。
次は高校2年です。
こっから何でマスコミ行きたくなったのか、第三者目線で見ると全くわからないww
相変わらずくっさいww文体ですが、まだ続きます。
勝手に日にち勘違いしていた試験が約2つあったけどね。
正式な日にちは1週間後だそうです、よかったよかった。
どぎまぎしながらボランティアの初日を終えた俺。
2日目は実際に老人ホームで高齢者の方の傾聴(耳を傾けて話を聴くこと)をするボラ。
大学時代の今でも、たまにボラするんですけど、この傾聴ってすごい疲れるんですよね。
耳だけじゃなくて5感をフルに活用して相手の話を聞き取って会話しないといけない。
話した相手が口が利きにくい人だと、話が聞き取れなかったり・・・まあそれはそれでやりようがあるんですけど。
機械があったらぜひやってみてください、一回でも体験するといろいろ思うところがあるかもしれない。
まあ大学時代のことは後日書くとして、このときは初めてのボラで戸惑ってたと思う。
それを考慮して、自らコミュニケーションを取れる方をスタッフが割り当ててくれたんだけどね。
ちなみに部長は別の場所でボラ。
一緒に行動した子はまだ小学生だったので、俺が積極的に話してました。
確か戦争時の昔話を聴いた気がする。
内容を細かくは覚えていない、メガネさんのインパクトが強すぎて記憶が錯綜状態。
ただはっきりと覚えているのは、「ありがとう」という心の残った言葉だった。
このときのストレートに自分へ向けて発してくれた感謝の言葉というのは久しく聞いていなかった分、心に残った。
ありきたりかもしれないけれど、その当時では一番頭に残ったセリフかもしれない。
2日間の行程が終了し、一路初めに顔合わせしたセンターに移動。
ここで集合写真とって解散。
小学生や中学生はここで帰路へ、ただ俺たち高校生以上は今後の流れを説明するためそのまま居残り。
スタッフさんに説明受けたところ、これでとりあえず俺と部長はボラ終了とのこと。
すでに時期は8月の後半だったため、学校が始まる時期だった。
このときは「やべえww宿題やってないww」というよりもボラの達成感が胸を占めていた。
いや実際宿題やばかったことはやばかったんだけどww
帰るころには、もっとたくさんのありがとうがほしいという感情が芽生えていた。
ちなみに数日後にメガネさんから、お礼のメールが届いていた、いやいやこちらこそお世話になりました。
遊びの誘いのメールが届いていたが、ヘタレ絶好調の俺はやっぱりスルーしていた。バカ!俺のバカ!
そして高校1年の夏が終わりを告げ、秋、冬と季節が過ぎていった。
相変わらずネトゲはやめておらず、成績も下降気味だった。
部長は相変わらず優等生で、学年成績も上から数えて3位あたりをキープしていた。
一方俺はクラスで下から数えて2番から3番という体たらくだった……。
このままだと普通どころではないな……ということにようやく気づいた俺は成績のことを本格的に気にし始める。
中学時代に行っていた塾の見学に言って見たりもしたが、どうも肌に合わなそうだ。
まず問題点として俺には目標大学がなかった。
というわけでひとまず進路選びの一つのセオリーに従い、まずは学びたい学部を選ぶことにした。
志望学部から逆算していって進路を決めていく作戦だ。
実は春ごろにも、大学に進学するのなら、自分はどこの学部に行くかを考えたことがあった。
そのときは文学部という結論。
「本読むだけの勉強ならなんとなく楽しそう」という文学部所属の人に殺されそうな理由だった。
さすがにそれはまずいだろうということでもう一回考え直し。
イラストつきで至極わかりやすい進路本を手に取り、学部一覧を眺める。
「……学部ごとになれる職業…ん~わからん、ここは飛ばそう。」
「……経済学部…いや俺は経済って感じじゃないなぁ、どう考えても」
「……教育学部…先生とか想像つかないわww」
「……法学部…なにそれうまいの?」
どうにも迷っている状態で、どんどん選択肢が消えていく。
しばらくして、紙面をたどっていた指が止まる。
「社会福祉学部……か……」
――ボランティアのことを思い出した。
思えばなぜあのときありがとうがもっとほしいと思ったのだろう?
普段あまり接しない年齢の方から言われたから?
ボランティアという場だったから?
いや多分もっと根本的な……
答えはすぐ見つかった。
それは自身の無力感からの欲求だった。
自分の内気な性格や、何よりバスケ部時代に全く部員の役に立てなかった時の感情から生まれたものだった。
16年間という浅い人生経験だった分、この分析にはあまり時間はかからなかった。
もっとありがとうという言葉が多くの人からもらえるだろうか?
そのために自分がどこまでできるか挑戦してみる生き方だったら、やりがいもあるんじゃないか?
自然にそう思えた俺は社会福祉の道を進むことに決め、高校1年を終えた。
次は高校2年です。
こっから何でマスコミ行きたくなったのか、第三者目線で見ると全くわからないww
相変わらずくっさいww文体ですが、まだ続きます。