こんにちは。
耳の聴こえない、曼荼羅アーティストの翠です。
現在、子宮頸がんの治療のため、
抗がん剤点滴と、放射線治療を同時に受けています。

神社でお会いした、
おねこさま
.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+
今回は、ひとりごとです
私にとって、
「母」というのは
もっとも思い出したくないこと、でした。
過去のあれこれを
思い出す度に
無理矢理気持ちを切り替えたりして、
あえて見ないようにしてきてました。
ものすごいスパルタ教育で、
褒められたことがなく、
成功しても「そんなの当たり前」と
言うのが普通だった。
これをあまり言わないでいたのは
今まで事情を話した人のほぼ全てが、
「だから今のあなたがいるんだね。お母さんには感謝しなきゃね」
と、言うから。
その通りだろうと思います。
「母」の側からしてみれば、
「私」が、将来苦労しないように。
そういう気持ちで
教育してくれたんだろうなと、分かります。
でも、
「お母さんには感謝しなきゃ」
「お母さんのお陰なんだね」
ということを言われるたび、
「でも、私は辛かった」
これを言えなくなってきました。
本当は辛かったんだと。
頑張っても頑張っても、
なんていうんだろうか
「よくやったね」的な反応がないこと。
褒められたかったんだろうな。
あの頃の私は。
いつしか
「感謝しなきゃね」という言葉すら聞くのが苦痛で、
母という単語すら出すのも嫌になり、
家族の話題が出たら
思いっきり拒否るくらいにまでなってました
そうしてずっと長い間、
目をそらしていた。
それが再び動き始めたのは、
幻想まんだらの相方のソルトのお陰です。
「母の呪縛」と、
ソルトは言いました。
私は当初は
そりゃー猛烈に抵抗しました
(笑)
向き合うのが怖かったんだと
今なら分かるけど。
どうかするとすぐ逃げようとする私に、
というか何度かは逃げちゃった私に、
ソルトは、めっちゃ根気よくつき合ってくれた。
いつしか、
「母」との過去を
再び口にするようになってる自分がいて、
つい先日、
思い出した過去があって、
「呪縛って…これか
」
と、初めて自分で気づいて。
愕然としました。
母からしょっちゅう言われてたのが、
「人様に迷惑をかけるな!!」
だったんです。
耳が聴こえないが故に
どうしてもできないことがある。
例えば、電話関連は全滅なので、
そういう時はどうしたって、
誰かの助けが要ります。
そういうことでも、
母は私を叱り飛ばした。
「なんで1人でやれんのか!」的な。
とにかく
「ひとりで何でもできるようになれ!」と
いうことらしく。
今だからこそ
「いやいやいやいや無理っすよ
」と
よく分かるんだけど(笑)
あの頃の私は
怒られたことだけを受け取って
めっちゃ凹んでいたんだなあと
母は、母で
私のことを考えてくれていたんだと
分かります。
そして
私は、そのやり方が
ただ苦痛でしかなかった。
ただそれだけのことなんだけど、
めっちゃ拗らせていた。
それに気づいた時、
自分で自分に
ぐーるぐーる鎖を巻き付けて
自分で動けなくしていたんだと
分かったとき、
苦笑するしかなかったです(笑)
本当は
ほんの少し力を入れるだけで
あっけなく破れていく、
紙の鎖だったのに。
それも、自分で巻いた。
「呪縛」に気づいたら、
自分で選べるんだ。
まだまだ、鎖はありそうだけど
どんどん破っていきます。
.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+
耳の聴こえない、曼荼羅アーティストの翠です。
現在、子宮頸がんの治療のため、
抗がん剤点滴と、放射線治療を同時に受けています。

神社でお会いした、
おねこさま
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今回は、ひとりごとです
私にとって、
「母」というのは
もっとも思い出したくないこと、でした。
過去のあれこれを
思い出す度に
無理矢理気持ちを切り替えたりして、
あえて見ないようにしてきてました。
ものすごいスパルタ教育で、
褒められたことがなく、
成功しても「そんなの当たり前」と
言うのが普通だった。
これをあまり言わないでいたのは
今まで事情を話した人のほぼ全てが、
「だから今のあなたがいるんだね。お母さんには感謝しなきゃね」
と、言うから。
その通りだろうと思います。
「母」の側からしてみれば、
「私」が、将来苦労しないように。
そういう気持ちで
教育してくれたんだろうなと、分かります。
でも、
「お母さんには感謝しなきゃ」
「お母さんのお陰なんだね」
ということを言われるたび、
「でも、私は辛かった」
これを言えなくなってきました。
本当は辛かったんだと。
頑張っても頑張っても、
なんていうんだろうか
「よくやったね」的な反応がないこと。
褒められたかったんだろうな。
あの頃の私は。
いつしか
「感謝しなきゃね」という言葉すら聞くのが苦痛で、
母という単語すら出すのも嫌になり、
家族の話題が出たら
思いっきり拒否るくらいにまでなってました
そうしてずっと長い間、
目をそらしていた。
それが再び動き始めたのは、
幻想まんだらの相方のソルトのお陰です。
「母の呪縛」と、
ソルトは言いました。
私は当初は
そりゃー猛烈に抵抗しました
向き合うのが怖かったんだと
今なら分かるけど。
どうかするとすぐ逃げようとする私に、
というか何度かは逃げちゃった私に、
ソルトは、めっちゃ根気よくつき合ってくれた。
いつしか、
「母」との過去を
再び口にするようになってる自分がいて、
つい先日、
思い出した過去があって、
「呪縛って…これか
と、初めて自分で気づいて。
愕然としました。
母からしょっちゅう言われてたのが、
「人様に迷惑をかけるな!!」
だったんです。
耳が聴こえないが故に
どうしてもできないことがある。
例えば、電話関連は全滅なので、
そういう時はどうしたって、
誰かの助けが要ります。
そういうことでも、
母は私を叱り飛ばした。
「なんで1人でやれんのか!」的な。
とにかく
「ひとりで何でもできるようになれ!」と
いうことらしく。
今だからこそ
「いやいやいやいや無理っすよ
よく分かるんだけど(笑)
あの頃の私は
怒られたことだけを受け取って
めっちゃ凹んでいたんだなあと
母は、母で
私のことを考えてくれていたんだと
分かります。
そして
私は、そのやり方が
ただ苦痛でしかなかった。
ただそれだけのことなんだけど、
めっちゃ拗らせていた。
それに気づいた時、
自分で自分に
ぐーるぐーる鎖を巻き付けて
自分で動けなくしていたんだと
分かったとき、
苦笑するしかなかったです(笑)
本当は
ほんの少し力を入れるだけで
あっけなく破れていく、
紙の鎖だったのに。
それも、自分で巻いた。
「呪縛」に気づいたら、
自分で選べるんだ。
まだまだ、鎖はありそうだけど
どんどん破っていきます。
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