子供が目が離せない頃は特に
本当に本当に、きつかった、、、、

育児は一人で出来るたぐいのものではありません。

今は核家族が多いいから、
多くのお母さん方は長時間、
一人で育児家事とこなしてるのか!

みんなやってるのか!と思って

カルチャーショックを受けるくらいの衝撃でした。


育児って、おじいちゃんおばあちゃん
同居の方の力を借りて
やっとやっと、出来るものなんじゃない?

そもそも、核家族で子育てをする。
という事自体が
普通でできる範囲を超えているような気がします。

ムリしてがまんしてやった分は、
体を壊したり、何かどこか他の所に
影響を及ぼしてしまいます。


そして
物理的にも大変なうえに、
実は育児にはかなり極端に向き不向きがある気がします。

人はみな素質も違えば意識構造さえ違います。


育児は一人の人間の素質のパーツで出来るものではなく
それぞれの素質を持ったパーツが寄り集まってやっていくものと思います。
お世話の部分だけではなく、
子供の人格形成においても、それは大切な事と思います。


一人でやるには手に負えない。
その上にそれを、


1の労力でできる人もいれば、

1000の労力でやらなければならない人もいるわけで。


それなのに、家事育児は親がやって当たり前。
もちろん当たり前の部分も沢山あるのですが、


絶対にそれだけではありません。


しかも育児家事は
仕事か何かの合間に
ちょこちょこっとやるには、
性質的にあまりに重いもの。頑張ってただこなせばいいものでもありません。


歯を食いしばってつらいながらも頑張る?
いらいらして
この苦痛から抜け出したいと願う?
かわいいのは今だけだからと、
その一言で自分のしんどさも何もかも押し込めて頑張る?


子供は、成長、自我の形成などにおいて苦痛を伴う事もあり、
慣れない世界で頑張って必死になって
成長する部分もあると思います。


そんな子供のそばで
親が必死になってがんばるよりも、
本当はゆとりとおおらかな気持ちをもって、
そばに居てあげたいと思います。

そうある為には
親だけでなく周りの支えと応援が本当に必要で、

みんながこうだから頑張らなきゃとか
昔からこうだから、とか単純な考えで、
無理してがんばってやりきるのは違う気がします。

本当に、育児は総合職、特殊業務、最重要業務と思います。

それをこなすには、育児にかかわる人が
出来る事、出来ない事
得意なこと、得意でないこと
さまざまな事を話し合い把握し、
大人同士の助けあいあってこその育児です。

そんな中で子供と一緒にいられたら、

もっともっと

子供の成長の奇蹟に感動して、
感謝で溢れて
育児本来の素晴らしさを、たくさんたくさん
受け取れる気がします。