こんばんは。

 

 

 

 

今日は、誰かを信頼することが難しい時についてです。

 

 

 

 

パートナーでも、友人でも、同僚でも、

この人のこと信頼していいのかな?

と思う方もいらっしゃると思います。

 

 

 

 

それなりに相手の振る舞いに関して理由があるのかもしれないし、

もしかしたら自分の過去に原因があるのかもしれません。

 

 

 

 

信じて安心したいのに、信じられない時って本当に辛いですよね。

 

 

 

 

ただスピリチュアルをより深く学んでいくと、私たちが使ってきた「信頼」という言葉が

実はかなり不安定な意味だったのかもしれないと思うことがあります。

 

多くの人が「あの人は信頼できる人」と言っている時、

その人は「その人は自分のことは裏切らない」と思っていることだと思うんですね。

 

 

 

けれど、禅などを学んでいくと「信頼」というのは、

相手が裏切ったとしても、それでも自分の人生においてはそれがベストであると

「人生そのものを信頼」しているという意味なんですね。

 

 

 

男性に裏切られたり、女性に裏切られたり、友人に裏切られたり......

そうすると、次からは信頼するのは難しいですよね。

けれど、私たちが精神的に本当に成熟していくと、

その相手が自分の期待を裏切らないでいてくれるか否か、ということを超えて

その人が裏切ったとしても、自分の期待にそう行動では無かったとしても

全ては自分にとって善きことのために起こっていると考えることが必要になってくるんですね。

 

 

 

 

もしも、相手が信じられなくても、

より大いなる部分に信頼を置くと、心に信頼が宿ります。

 

 

 

 

そして、結局のところ相手に裏切られることも減るんですね。

なぜかといえば、自分の中にあるある疑いや不信感がそのようなことを引き寄せる波動を発してしまいますが、相手を超えて、人生の流れそのものを信頼してしまえば、

自分の中に「信頼」が宿り、その波動に自分も調整されていくからです。

 

 

 

 

相手をどうしても信頼できない時は、

 

 

 

「出会う出来事はそれがどんなことであっても、

いつも自分を助けている」

 

 

と信頼していたら、その方向へ向かっていきます。

もし、それでも信頼できないとしても、人生で起きることはそれが何であろうと、自分にとって善きことしか起きていないんですよね。

 

 

 

 

本当に人生は完璧にできていますね。

 

 

 

 

この方法は、結構いろんなことに使えます。

嫌な人や嫌な出来事に遭遇した時、辛い時も「心を支えてくれる」と思います。