私には「W」と言う専門学校時代からの友人がいます。学校を卒業した現在もなお付き合いのある、数少ない友人です。

 

ある春の午後。「W」は、ボロアパート内にある私の一室を訪れると、開口一番

「視界の隅に女の姿が映る」

などと言い出すのでした。

 

──どういう訳か、私の友人には《霊的なものが視える》人が3人います。

 

私は、その《霊的なもの》が関わったであろうとしか思えないような現象を何度か体験しているのですが、まだ自身は懐疑的な立場にいると思っています。

故に《霊が視える》と云う人物なども素直に認めることはできず、一旦、懐疑的な立ち位置で保留という形をとってしまうのですが、先に述べた《霊的なものが視える》友人3名は〔信じるに足りる〕と、私が認めた存在なのでした。あくまで私見なのですが──

 

──そして。Wは、その3人の内の1人なのです──

 

「どう言うこと?」

私の間抜けな応対に、一瞬拍子抜けしたような表情を浮かべたWでしたが、姿勢を正すと時系列で詳細を語りだしました。

要約すると──

 

①視界に《モヤがかった白っぽいモノ》を捉えるようになり、最初は目の錯覚かドライアイかと思いつつも、常にある症状でもなく、あまり気にすることでもなかった

 

 視界に《モヤがかった白っぽいモノ》を捉える頻度が多くなってきた。だが、視線を移すと、其処には何もない

 

 主に自室で1人の時に症状は現れることに気がついた《モヤがかった白っぽいモノ》が、以前よりもハッキリとした形を成してきているような気がする

 

そして昨夜──

自室で過ごしたWは〈眠ろうか〉と電灯を落とすため、スイッチに手を伸ばした際に件の症状が出た。

その日は視界の隅のモヤに、すぐに視線を向けることなく、対象を視界の隅に捉えたまま《意識をソレに集中してみた》のだそうだ。

(なんとなく理解はできますが、私はWの特殊な能力だと思っています)

すると、白っぽいモヤの形が人の形をしていることが解ったそうです。

Σえっ(人!?)」

Wは少し怯みましたが、自身の動きを止めることなく(気取られそうなのが怖かった)意識は向けたまま、電灯を落とし、いつものように寝床に横になり布団を被りました。

すると、白いモヤは寝床に横たわるWにスウッと近づいてきたのでした。ここでWは堪らず悲鳴を上げたそうです。

その夜は、居室の電灯を点けた状態で、まんじりともせず朝を迎えたとのことでした。

 

「女だった」

Wの顔には、なるほど、疲労の色が滲んでいました。

「、、、どうしたらいいかな?」

Wは縋るような眼で私を見るのですが、そんな異質なモノを蹴散らせるような力が私にある訳はなく

「スタンダードだけど、一番近寄られたくない寝床に《鏡を置く》とか、塩を撒くとか、近くの神社にお守りをもらいに行くとかしてみたら?」

と、誰もが思いつくであろう《除霊》?《抗霊》?の方法を羅列してみた。

「、、、試してみるしかないか」

決定的な打開案も捻り出せず、Wは溜息まじりで呟くのでした。

 

それから暫く日を置いて、ゴールデンウィークか何かの大型連休で、私が実家に帰っていた時だったと記憶しています。

Wから私の携帯電話に着信があり、応答すると──

「《霊を祓える人》を知らないか?」

と、件の女の話でしょう。かなり切羽詰まったWの声でした。

 

もちろん、私の知人に《霊を祓える人》なんて居る訳もなく(視える人はいるけれども)心当たりがない旨を伝えると

「俺は神に見放された!」

と、電話の向こうの絶望したWの声に、実害のない完全な第三者の私には少々面白く感じられたのでした(白状でゴメンなさい)

里帰りが終われば会って対策を講じる約束を取り付け、この通話を終えました。

 

休暇も終わり、里帰りを終えてアパートに戻った私は、更に何日か経過した後、ようやくWとの約束を思い出し、

電話してみました。

Wは生きていました。

私は実家から帰った旨を伝えると、Wは、その日の内に訪ねてきました。

Wは予想に反し落ち着いていました。

相貌からは以前の《ほの暗さ》が除かれた印象です。

「あの後《Bちゃん》に頼んで、一緒に〈○○○の母〉と呼ばれている有名な四柱推命の占い師の元へ行ってきた」

──なんと、Wは白い女に本気で悩んでいたのでした。

『気のせいだった』で、いつの間にか終わる話だと甘く考えていた私は、Wの言葉(行動)に軽く衝撃を受けました。

 

ここで、先程Wの話に出た《Bちゃん》なる存在についてお話しておきたいと思います。

彼(W)には専門学校のクラス内で付き合い始めた「B」という女性がいました。

馴れ初めなどは聴き逃していましたが「B」は「W」と通学電車が同じでした。

また、彼らは私と同じクラスでした。

 

W〉と〈B〉が付き合っている事はクラス内でも周知されていたのですが、教室内、また私たちの前ではWBちゃんは会話をしません。2人きりでいる場面を見たことがありません。

私を含めたWのグループとBさんのグループは仲が良く、遊園地や買物、学校の課題など、2つのグループは行動を共にすることも多かったのですが、どういう訳かWBさんは会話をしない。それは意識的なモノだと思いました。

そんな2人に周りはもちろん違和感を感じていました(Bさんのグループ内でも)

私たち「W」のグループでは、彼(W)にBちゃんとの仲を幾度となく確認するのですが、結果「2人は付き合っている」という結論に至るのです。休日などは2人で会ったりもしているようでした。

「クラス全員が2人の仲を知っているのだから、皆の前でも普通に《恋人同士》として接したらいいのでは?」と余計なお節介なのでしょうけど、Wに半分、2人のそんな状態を意地悪く面白がりつつ提案したり諭したりするのですが、Wからは毎回うやむやな返答しか返ってきませんでした。

この話題になるとWはバツの悪そうな表情を浮かべました。

 

当時のWと私は(Bも)電車の通学の電車が一緒なのと、なんとなく〈ウマが合う〉のもあり、2人で行動することが多くありました。そんな折、Wは現在の専門学校に行く前から単発のアルバイトをしていたようで、そのアルバイト先での〈仲の良い女性〉の話を私に聞かせてくれました。

Wは、その〈仲の良い女性〉の事が気になっているらしいのです。

何と、Bちゃんにも付き合う前に、このアルバイト先の女性の話をしたようです。

Bちゃんは、それで納得してるの?」

私の問いに、Wのいつものバツの悪そうな表情で目線を逸らしました。

責めるつもりの無い私は話題を変えます。

Bちゃんは明るく気さくな性格で、誰にでも、私にでさへ屈託なく話しかけてくれる女性です。

 

Wは、よく言えば優しい男です。

優しい故に誰にも良い顔をする。ウソを隠せない正直者。

(それ故、どちらも傷つくのに)

悪く言えば優柔不断というのでしょうか。

私は、WB2人の関係を深く追求しない事にしました。

 

結局、WBちゃんは卒業まで、このぎこちない関係を(皆の前では)維持したのでした。

 

──と、いうことで《Bちゃん》の注釈はWとの複雑な関係ゆえ長くなってしまいましたが本題に戻ります。

 

○○○の母〉の占いフロアはゲームセンターの2階に存在するようで、Bちゃんを1階のゲームセンターに残し(Bちゃんはゲームセンターで時間を潰すことができる女性なのです)Wは単独〈ミナミの母〉の元を訪れました。

 

○○○の母は〈心霊系〉にも強いの?」

話を折る私の問いに──

「解るらしい」

Wは知人のツテで〈ミナミの母〉を紹介され予約にこぎつけたそうです。

「視てあげるから来なさい」

と、電話相談の際に言われたとの事でした。

さて、○○の館と看板のある怪しげな(失礼)扉を潜り〈○○の母〉と対峙したW。いよいよ明るみになる真実──

「女の幽霊の正体は判ったの?」

Wはコクリと頷き、僅かに間を置いた後に言いました。

○○の母は地面を指差して『その白い女は下の階に居ます』って」

「、、、下の階って。えええ〜〜〜っ!!!」

理解した瞬間の衝撃に思わず私は叫びました。

そんな私の反応に、Wは苦笑しながらも、あのバツの悪そうな顔で

Bの《生き霊》だって」

もぅ絶句でした。

Wは床に視線を落としました。

Bちゃんの笑顔が一瞬、私の脳裏を掠めます。

Wと私との間には暫く無言が続きました。

BちゃんはWに色々な思いがあったのだ。色々と言いたかったんだ、、、)

Wはバカだ。大バカモノだ!)

私の中で様々な感情が、あぶくのように一斉に湧き立ちましたが、話を終え、うな垂れたWの口元は自嘲とも思える歪みが張り付いていました。この男なりに、散々打ちのめされたのでしょう。

「そうかぁ〜〜〜」

私の口からは、ため息と言葉が同時に漏れました。

考えた末に放(ひ)り出した言葉がコレでした。

《生き霊》という言葉を普段の私なら、すんなりと飲み込めたのでしょうか?

でも──

不思議とBちゃんの《生き霊》は抵抗なく、まるで投げた石が川底にゆっくりと着水するかの如く、異形であるものの〈納得〉という金型に、しっくりと馴染むのでした。

 

ちなみに〈○○の母〉にはBちゃんが下の階に居ることを事前に告げていなかったそうです(この方こそ、ダントツで異質の存在ですよね)

 

Bちゃんの生き霊の顔を、もしWが見ていたなら、そのBちゃんである生き霊の表情は──

泣いていたのか。

それとも怒っていたのか。

 

現在、このWBちゃんは、とっくに別れて、2人は異なる人生を歩んでいます。

 

うまく行かないもんです。