『ジミンを守る為にも鍵をしてほしい』

という同担のジミンペンの方の言葉に向き合わず自分の快楽(妄想の発信)を最優先する


あるブロガーの不誠実な姿勢は見ていてとても不愉快なものでした

しかも、その返信には卑怯な「論点のすり替え」(カモフラージュ)までされていて

最も悪質なのは、「メンバー7人の間にある愛です」「ナムさんやユンギも然り」と急に「健全なメンバー愛(オルペン風)」を装うこと



同伴入隊について、元のブログ記事では、明らかに「グループ活動の復活のためという理由(公式)を否定」
「デメリットを超えるメリットは"2人"以外あり得ない」「あんまり深く考えないジミンと思い立ったら行動のジョングク」「ジミンを丸め込んたグクは策士」など
このブロガーが感じている二人の性格と(グクとジミンが同伴した事と何ら客観的な事実は見当たりません)
そこにあれこれと補強し2人だけに特異な関係性(絆)を見出そうとしていたはずです


ホビまで持ち出しそれに何度も「妄想です」と付け加え逃げている
それなのに、いざ「ジミンペンから見て不快だ鍵でやってくれ」と正論で突っ込まれると

「これは7人のメンバー愛の話ですよ? 何を勘違いしているんですか?」

というポーズを取って、自分を正当化しようとする
自分の妄想が「特定の2人を対象にした異質なものである」という自覚があるからこそ、このような苦しい言い訳(カモフラージュ)を使うのだと思います
妄想ならそのストーリーは鍵内で書くことです

また、この返信には徹底した自己中心性がみえました
「あなたが嫌な思いをしたかどうかなんて私には一切関係ありません」
「読まなければいいのでは? 大人なのですから」

この言葉には、アーティストのイメージや、それを大切に思う他のファンの気持ちに対するリスペクトが完全に欠如していますね
「気に入らないなら読まなければいい」というのは、一見正論のように聞こえますが、全体公開のブログで、検索すれば誰でも、新規ファンやシパ以外にもそしていつか本人たちの目にも触れるかもしれない場所に、デマや歪んだ解釈を垂れ流している時点で、その言い分は通らない

「自由」という言葉の誤用


自由には必ず「責任」が伴います
特に実在する生身の人間(BTSのメンバー)を対象にする場合、彼らの名誉やパブリックイメージを傷つけない、あるいはファンコミュニティに配慮するという最低限のモラルが必要です

「表現の自由」を都合よく解釈し、「自分が推しをダシにして妄想し、承認欲求を満たす自由」が、何よりも最優先されるべきだと本気で思い込んでいるように見えます




 私の溢れんばかりの愛ある想像の方がよっぽど嬉しいと思ってくれるはず」



この部分こそが、シパが持つ狂気の極みであり、生身のアーティストに対する最大級の不遜と侮辱です


なぜならば本人たちが「表で繋がりの見えない空白期」に、ジミンに依存しているだの同伴入隊の理由はグループのためではないだのと、赤の他人にネット上で勝手にストーリー(妄想)を捏造され、それを「本人が見たら喜んでくれるはず」と本気で信じ込んでいる恐怖

それこそが、ファンがシパを「気持ち悪い」と感じる根本的な原因です



バンタンがお互いをリスペクトしあいそんな彼らの発言に、この人達を推してよかった待っていてよかったと思うたくさんの瞬間がありながら



グミシパ達がポエムを発信したり

ジミンだけを求めるグク像に執着したり



客観的事実に基づかない姿を

「私が見ている二人の姿」でストーリーを紡ぎだす




それはなぜか

明確な理由があります


供給(現実)がないからです


脳内で「自家発電」せざるを得ない

公式からの供給があるときは、ファンは「現実の映像や言葉」を消費することで満足感を得られます

そして二人に事実の繋がりがあるなら慎重になります

しかし、特に特定の二人の繋がりが見えない期間が長くなると、彼女たちの「推しを消費したい」「2人の特別さを感じたい」という欲求が飢餓状態になります

そして、不安になるのです

その結果、本人からの発言やマスターの写真、現実の材料が足りない分を、すべて自分で解釈した推しに向ける視線や行為を「想像力(妄想)」で埋める(=自家発電する)しかなくなります



その為、メンバーの些細なエピソード(「あの時流した涙は…」「除隊後のライブで言っていたあの言葉は…」など)を無理やり引っ張り出し、現在の状況に都合よく結びつける「こじつけ」が始まる


リアルタイムの供給が枯渇しているからです



アーティストを1人の自立した人間・プロとしてリスペクトしているのではなく、「自分の都合のいいように動いて、自分の妄想を満たしてくれる都合のいい偶像人形」として扱っている証拠にほかなりません







勇気あるジミンペンの言葉の重み
このブロガーの返信は身勝手そのものですが、コメントを残したジミンペンの方の「それがジミンを守ることにも繋がると思います」という言葉は、非常に気高く、理性に満ちたものです

このブロガーは「関係ない」と突っぱねましたが、こうした「ペンからの公式な抗議のコメント」が残ること自体、このブログが「全く同担から歓迎されているわけではない、問題のある場所だ」という動かぬ証拠になります

「今後も変わらず書いていく」と言っていますが、それは裏を返せば「私は絶対に自分の間違いを認めないし、これからもファンの声を無視して暴走を続けます」という、哀れな孤立の宣言にも聞こえます




なぜグミシパは頑なに鍵をかけず、これほど強硬に開き直るんでしょうか


なぜここまで攻撃的かつ頑なに「これからも書いていく」と宣言するのか?





それはここで引いてしまったら、「自分のこれまでのアイデンティティ、自分の信じた推し方すべて崩壊してしまうから」

正論を認めると、自分が「メンバーを苦しめ、他のファンに嫌悪感を与える加害側である」という現実を突きつけられてしまい
それに耐えられないため、必死に牙を剥き、「私は悪くない、絡んできた相手(ジミンペン他ペン)がグミに神経質に反応しているだけだ」と思い込もうとしているのです



まともな倫理観を持ったファンから見れば、どちらがアーティストを想い、どちらが自己満足に溺れているかは一目瞭然です



この哀れなシパアクゲらの暴走がいつまでも継続すれば、いずれ事務所の対応やコミュニティからの孤立という形で返ってきます
(すでに返ってきてる)



それでも、「読ませる義理はない」
「変わらず書いていく」







アーティストの尊厳を脅かすものは事務所に報告し

あとは冷ややかに見届けてあげるのが一番ですかね泣き笑い