祖父は

「女は綺麗にするもんや。男なんか何でもええんや」

という人だったので

自分は外出用のスーツ数着と靴2足
帽子2つ

普段は泥だらけになるので、汚れて良い格好をしていました


行く場所によって服を選んでいて
村の会合と遠出する時は服を変えていた


家の中では又寛げる格好


祖母が着物なら、自分はよそ行きのスーツというように 相手との釣り合いも考えていました



父(仮)は全くそういうことを考えない人で


くたびれた服を着て平気で外出します


会社勤めの時は通勤用スーツを着ていれば良い、という

思えば、会社か競馬場、ボートレース場しか行かない人だから、それで良かったんでしょう


見兼ねて、それで行くの!?もっと綺麗なのないの!?て聞く時ありますが


「ええねん、これで。綺麗なのあるし」


私が服を買って来るんじゃないかと警戒して、綺麗なのあると言う


その格好で行くと

あそこの家族はこんな服を着せてるのか、と批判の対象になるなんて
微塵も考えないんでしょう


勝手にしぶちんなだけで
しかも、服の手入れが雑なのでぼろぼろになってる


身なりを整えるのは
自分だけのためではなく

自分に関係する人のため、と思えば自然とちゃんとすると思うんです


しないってことは相手のことを考えてないってことで

自分のことだけ、自分中心てことでしょう


類は友を呼ぶって言いますが

人間は服のテイストで集まる人が違って来ます


華やかな服が好きな人の集団に
地味な服の人は混ざらないです

違和感あるから


アパレルの人、飲食の人
事務の人

集まってたらテイスト違いますよね


そんな感じ



身なりだけで色々変えることも可能だし


考え方が出るのも身なりなんですよね



父(仮)はお金を使う優先順位は自分、ギャンブル ですから


服に使うなら競馬場で使う


年々、埃っぽくなって行くのは年齢のせいだけじゃないです、きっと