自分さえ良ければ

 SNSを見ていましたら日本の仏教のお坊さんが「自分さえ良ければと言う考えはいけません、利己主義は」と法話で話しています。それはそうなんだけどと、何か引っかかりを感じます。

 「自分さえ」と言うからにはその人は周りの人達を意識、認識していますよね。「(周りの人達はともかく)自分さえ良ければ」と(周りの人達はともかく)が既に入っています。周りの人達を想定しての利己主義。しかし、そんな人はそんなに多く居るものでしょうか。

 私はこれまで人生の中で数人の嫌な人に出会いましたが、その人達はそもそも周りの人達には関心を持たず己の欲求、欲望に引っ張られて己の世界の中にだけ居ました。他人(ひと)の立場が分からない、他人(ひと)の痛みが分からない、己の主張だけをする、そんな人達でした。これなら他人(ひと)を意識しながらの「自分さえ良ければ」の利己主義の人の方がまだましです。

 中学校の体育の時間にサッカーのゴールネットが何故だか手前に倒れて来ました。私達は皆ゴールネットを押し返そうとしましたが1人だけその場を逃げました。先生はその生徒を「利己主義だ!」と言って責めましたが、その時にその生徒は「自分さえ良ければ」と考えましたでしょうか。ただ怖かっただけでしょう。恐怖に負けて周りが見えなかっただけ。

 周りに関心を持たず己の欲求、欲望に引っ張られるだけの人。恐怖に負けて周りを思う余裕を失っただけの人。実際には「自分さえ良ければ」と冷静に考える人よりもそういった原初の感情に巻き込まれる人の方が多いと思うのですが、どうでしょうか。

 「自分さえ良ければの利己主義はいけません」と言う前に、その時その時の己の感情だけに閉ざされて周りが見えない事の無いように、と気を付けたいですね。