木原不動尊

 木原不動尊、正しくは木原不動尊 雁回山 長寿寺と言います。平安時代の末期、保元・平治の頃、源為朝(鎮西八郎為朝)が熊本は木原山に城を築き、木原山の空を飛ぶ雁を弓矢で射落としていました。それが余りにも命中するので空を飛ぶ雁達は射落とされまいと木原山の上空を迂回して飛ぶようになり、雁が迂回して飛ぶ為に木原山は雁回山と呼ばれるようになったと言います。

 木原不動尊はおよそ1,200年前伝教大師最澄の御作と伝えられる不動明王を御本尊としており、千葉の成田不動尊や東京の目黒不動尊と共に日本三大不動と称されているようです。

 さて、私の父方の祖父前田十次郎は雑貨問屋を営む一方多趣味で、野鳥の餌付けをしたり絵を描いたりしていたそうで、この木原不動尊の本尊の画を描き、それを小さな掛け軸にしていました。私の父前田正二はこの掛け軸をうちの壁に掛け、毎朝それに向かって般若心経を唱えていました。平成10年に父が84才で亡くなりますと私はこの小さな掛け軸を自宅に持ち帰り、祭壇の中に24年間保管していました。そして最近、

 私が死んだあとにこの掛け軸はどうなる事だろうと思うようになり、これはやはり木原不動尊に奉納するのが良いだろうと心に決めました。

 10月も末になり、インターネットに木原不動尊の電話番号が有りましたので電話してみました。電話を取った方に事の次第をお話ししますと「いついらしても良いですよ」と言われます。本人はご自分を住職だとは言われませんがきっとお寺のご住職でしょう。これで後戻りは無し。

 10月11日から全国旅行支援が始まると言うので私は前日の10日に、11月7日から3泊4日で熊本へ行くよう楽天トラベルに飛行機とホテルの予約を入れました。そして翌11日の朝にインターネットを開きますと「募集は終了しました」の文字が。なんだこりゃ!まるで詐欺のような仕組みのようです。まあ、値引きのサービスが無くても熊本には行きたいし、また政府も予算の追加を検討していると言うので予約はそのままにして毎朝ネットをチェックする事にしました。

 そして何の変化も無く時は過ぎましたが、11月2日、楽天トラベルから「もう1度申し込みボタンを押して下さい」とのメールが入り、私は個人ページで申し込みのボタンを押しました。すると翌朝個人ページを開きますと「値引き完了」と表示が変わっています。そして画面を下に降ろしてみますと当初金額の64,400円が39,900円に値引きされているでは有りませんか。やったあ!待ってみるものですね。そして更にはホテルのフロントでは9,000円のクーポンをくれる筈です。木原不動尊が私を呼んでいる、何の因果関係も無いのに私はそんな気がしました。

 11月7日の夕刻、熊本のホテルにチェックインしますと翌日13時のタクシーの予約をお願いしました。観光タクシーはクーポンを使えないけど一般のタクシーはクーポンが使えるそうで、一般のタクシーをお願いしました。

 11月8日午後1時、若いタクシーの運転手は「私は経験が浅いのでカーナビを使っても良いですか」と聞きます。勿論!タクシーは南へ向かい、白川を渡り更に2つの川を渡って田園風景の中を走ります。前方に丘のような小山が見えますのであれかな?と思っていますとそこが木原不動尊でした。正門をくぐり正殿の前でごめん下さいと声を掛けますとご住職が現れました。あの日電話を取ってくれた方でしたので説明は不要、お寺に上がりご住職に持参した小さな掛け軸をお手渡しし、運転手さんに写真を撮って貰いました。そして掛け軸を広げて画が写るようにもう1枚。

 広げた掛け軸の画を見たご住職は「足の形と言い手の形と言い、またお顔もご本尊にそっくりですね、これはコピーに違い有りませんね」と言われます。でもこれ、明治時代の画ですよ。あの頃に精密な写真は無かったでしょうし、コピー機だって無かったでしょう。私が入社した昭和44年でもコピー機と言えばリコピーと言う湿式の青焼きでした。私は敢えてご住職に反論はしませんでした。

 インターネットで見ましたが奥の院が有るそうですねと聞きますとご住職は「はい、どうぞ行って下さい」とタクシーの運転手さんに道を教えてくれました。車がやっと1台通れるような、しかも危うく脱輪しそうな細道を登って行きますと奥の院は有りました。そこには野ざらしの諸仏が沢山並んでいます。諸仏の写真を撮っていますと横には祠が有って引き戸が閉まっていました。運転手さんと2人で開けてみましょうねと開けて見ますと色彩豊かな諸仏が5体並んでいます。上がってみましょうねと2人で上がり、2人で写真を撮りました。

 ご住職にいただいたパンフレットによりますとこの5体は阿弥陀如来・脇士観世音菩薩・勢至菩薩・不動明王・毘沙門天だそうです。

 祖父の描いた画を木原不動尊に奉納出来た私は達成感と共にタクシーでホテルへ戻りました。そして往復のタクシー代は9,310円、なのでクーポンを使って私が払ったお金は僅か310円でした。

 さて、翌9日の夜には小中学校からの友人UKと4年ぶりに会いました。そして今回私が熊本へ来たのは祖父の描いた画を木原不動尊に奉納する為だったのだと言いますと友人UKは意外な事を言います。彼の家は曹洞宗なのだが何故かおじいさんの代から代々毎月28日には木原不動尊にお参りしているのだそうです。不思議な縁ですね。