猿やコブラや

 8月30日の朝起床しますと、私の右ヒジの擦り傷は治っておらずに痛みました。実は昨日の夕方、衣服屋さんへ向かっている時に通り雨が有ったのです。雨宿りをする為にどこかのお店の軒先を借りたのですが、路地面よりもお店が少し高くなっており、店先の濡れた土に足が滑ってしまって、私は右ヒジを打撲して擦り傷を作ってしまったのです。私は密かに、8月31日にはガンジス河観光の際にガンジス河で沐浴しようと心に決めていました。明日までに傷は治るだろうか、治らないとガンジスの水から色々な細菌が入るのではないかと不安が頭をもたげます。まあ、どちらにしても明日は決行だ。

 インドにはサイクル・リキシャという乗り物が有ります。人力車を自転車で引く簡便なタクシーの事です。この日の午前中はサイクル・リキシャでヴァラナシ(ベナレス)の市内観光をしました。インドへ来てから久々のゆっくりした時間です。

 お昼になってホテルへ戻りますと、ホテルの門を出た所に猿回しが来ていました。息子が見たいと言うのでいくらかと聞きますと10ルピー(120円)だと言います。猿は2匹居て、1匹はピンクのスカートをはいていました。猿回しはスカートの猿を綱で引っ張り、息子が猿を抱くような形で写真を撮らせます。それから2匹の猿は猿回しのタンバリンに合わせて踊って見せたり、自らタンバリンを叩いたりしました。大した芸でも無いのに10ルピーかと私はがっかりだったのですが、息子は喜んでいました。まあ、日本で猿と遊ぶ事など有りませんからね。

 次は黄色いターバンに赤いシャツの蛇使いの出番です。蛇使いに値段を聞いてみますと100ルピー(1200円)だと言います。私はこの頃になるとインドの貨幣に慣れて来て、100ルピーを随分高いと感じるようになっていました。インドのサラリーマンの月給が大体12000円位ですから、100ルピーは月給の1割に相当するのです。日本ならば2万円から3万円の勘定です。これは高いですね。息子が蛇使いも見たいと言うので、私は「やってくれ」と言いました。蛇使いの回りには何人かの只見の見物が待っています。

 蛇使いは先ず1m半位の小さなボア(大蛇)を箱から取り出し、息子の首に掛けます。息子が怖がりますので只見の見物達は盛り上がりました。蛇使いは私の首にもボアを掛けてくれました。冷やっとする奇妙な感触でしたが怖くはありませんでした。

 蛇使いは次に土器の壺の布の蓋を外し、笛を吹き始めます。笛は中央が瓢箪(ひょうたん)のように膨らんでいて、膨らみの先にいくつか穴が開けてあり、蛇使いは指で穴を塞いだり開けたりしてメロディーらしきものを作ります。コブラが壺から頭をもたげます。こういうのは映画で観た事が有ります。一通りコブラを踊らせたあと、蛇使いはコブラの壺に布の蓋をします。

 蛇使いはもう少し時間を持たせる為か、サソリを出して見せたり、両頭の蛇を見せてくれたりしました。両頭の蛇は小さな蛇でしたが、6ヵ月毎に頭と尻尾が入れ替わるのだそうです。蛇使いは黄色と黒の模様の小さな蛇を取り出して、これはバングラデシュの蛇だと言います。そしてこの蛇を日本へ持って帰らないかと言います。ズボンのポケットに入れて行けば良いと言うのですが、わたしは「冗談じゃ無いよ」と断りました。

 いよいよマングースの出番です。蛇使いは小さな蛇を取り出して地面に置くと、籠からマングースを放します。そしてマングースが蛇を捕らえた瞬間、蛇使いは蛇とマングースを引き離しました。蛇使いにとっては両方とも大事な商売道具なんですね。息子は蛇使いに大変満足した様子でした。息子にとってはこれがインドへ来てから1番面白かったのではないでしょうか。

 午後になってシンさんは再び私達を迎えに来ました。私達はドゥルガー寺院やインド地図のあるお寺やヴァラナシ(ベナレス)の大学等の見学をしました。

 見学が終わってK・K・シンさんは私達を彼の家へ連れて行きました。シンさんには3人の子供があって、真ん中の男の子は偶然にもうちの長女と生年月日が同じでした。シンさんの奥様は大学の博士なのだそうです。私はシンさんには「誇り」を感じていましたが、奥様には「威厳」を感じました。シンさんは私に「夕食をうちで皆と一緒にいかがですか?」と誘ってくれました。私は昨日衣服屋さんで買った製品が今日の夕方にホテルの部屋に届くのを思い出し、残念ですがとお断りしました。するとシンさんは「息子さんだけでも如何ですか」と言います。息子は1人では嫌だと言います。結局私はシンさんのお誘いをお断りしました。