シェヘラザード

 ネットの通販で「シェヘラザード」というタイトルのベリーダンスのDVDを買いました。スヘイラ・サリムポールというダンサーのグループが「シェヘラザード」の千夜一夜物語をモチーフに作り上げたベリーダンスのショウを収録したものです。

 以前に私は同じネット通販で「アラビアンメロディーズ」というDVDを買いましたが画質は悪く、恐らく随分前にビデオテープで撮られたものをDVDに焼き直したものだと思いました。しかしこのDVDで私はスヘイラというダンサーを見つけました。女性として十分に成熟した体とは不釣合いな天真爛漫な笑顔が私を惹き付け、私はスヘイラという名前を記憶しました。

 「シェヘラザード」でスヘイラは30代かなと思わせる女盛りになっており、6才くらいの女の子をもうけているようでした。群舞やソロで踊るスヘイラを見ていますと、私を不思議な感覚が襲いました。スヘイラのシミー(腰を激しく小刻みに震わせる技)やアンデュレーション(お腹を波打たせる技)が私に突然のバイブレーションを送ってくるのです。

 ポルノグラフィや雑誌のピンナップ写真などは行き着くところは女性の性器なのでしょうが、ベリーダンスは違います。女性の性器を突き抜けて女性の内臓を私に想起させるのです。つまりベリーダンスは女性の体の表面と内側とを含め、全体としての「肉」として捉えているのではないだろうか。

 昔読んだ藤原新也の「全東洋街道」という本の始めの方でイスタンブールの娼婦が言います、「人間は肉でしょ、気持ちいっぱいあるでしょ」。

 躍動する女性の肉体への注目はインドの宗教哲学のシャクティ信仰に近いものが有るようです。シャクティとは躍動する女性のパワーを神格化したものです。シャクティはサーンキヤ哲学に出て来るプラクリティ(物質原理)と同じだと考えられます。この世の中の万物はプラクリティ(物質原理)の展開によって現れます。

 「シェヘラザード」の終盤でスヘイラは6才くらいの我が娘にソロを踊らせました。大舞台に我が娘を放り出して娘をベリーダンサーとして育てようとしている。アメリカ人には出来ないことです。「スヘイラにはシャクティが有る」、私は直観的に確信しました。