マドリードの夜

マドリードの夜

　私と私の同期の伊田の２人はマドリードの街で、地元の男達が利用するカウンターのお店に入って夕食を食べるのに成功しました。隣の男が食べているものを指差せばいいのです。１人５００円くらいで済みました。

　食事を終えると私達はバーに入ってみました。バーで一杯やっていると、いかにも娼婦らしい女が隣にやってきます。結構気の強そうなおばさんです。伊田は既に無関心。私は彼女と話をしてみます。と言っても私にはスペイン語が分かりません。彼女は「スィ、スィ」と繰り返します。私も負けじと「ノ、ノ」と応戦します。「スィ」とは「イエス」、「ノ」とは「ノー」の意味の筈です。しばらくやりあって、私は彼女のパワーセールスに負けてしまい、つい「スィ」と返事をしてしまいました。彼女はニッコリと笑います。

　彼女はバーのマスターに場所代を払い、掛けてあったコートを手にして私を連れてお店を出ました。彼女は自分の住んでいるアパートに入っていきます。階段を上ると、踊り場に老婆がしゃがんでいました。彼女は私に、この老婆にチップを払うように言いました。私が老婆にチップを払うと彼女は階段を上って自分の部屋に着き、部屋の鍵を開けます。

　娼婦としては年を取りすぎた彼女は服を脱ぎ、私にも促します。私はしばらく頑張って、やっと務めを終えました。彼女は日本ではもう懐かしさを通り過ぎているアルマイトの洗面器を持ち出し、水道で水を溜めると、それで彼女自身を洗い、そして水を入れ替えると私を洗ってくれました。

　服を着ながら彼女は「どうだった？」と聞きます。私は「ムイビエン、ムイビエン、ムーチョビエン」と答えました。多分、「ベリー　グッド」の意味です。すると気の強そうなおばさんの表情がまるで少女のようにパッと明るくなりました。とても嬉しそうに、「明日も来てよ」と言います。私はつい、「うん、明日も来る、約束するよ」と答えてしまいました。実はマドリードは今日だけで、明日はミラノへ向かうことになっているのです。

　私は歩いてホテルに帰りながら、「悪いことをしたなあ、期待を持たせてしまったよ」と自分がついてしまった嘘を後悔していました。