チルチルミチル
私がワイン課に所属していました時に、ワイン課では通常の営業活動と併せて展示会への出展もやっていました。日常ワインの啓蒙や業務用の新製品の紹介をする為です。蛇口付きの小樽入りワイン(樽は偽者で、中にパック入りワインをセットする)等も展示したものです。展示会会場のブースを借りて商品を陳列し、期間中は営業部員が張り付くのですが、そういった時には会社の女子社員に手伝いを頼む訳にもいかず、マネキン会社の派遣を頼みました。そうしたマネキンさん達の中には才色兼備の人も結構居て、ワイン課のメンバーの1人はマネキンさんと結婚しました。
ある展示会を私が担当しました時、やって来たマネキンさんは性格の良い、雰囲気のある美人でした。皆さんはマリナ・ブラディというフランスの女優をご存知ですか。イタリア映画の「女王蜂」などに出演したセクシーな女優でしたね。マネキンさんは若き日のマリナ・ブラディのような雰囲気を持っていました。マネキン会社からの書類に彼女の名前が書いてありましたが、古木ミチルと書かれていました。変わった名前だねと私が言うと両親が童話のチルチルミチルから取ったのだと説明してくれました。なかなか優秀だったので、彼女には何度か別の展示会にも来てもらいました。
ワイン課からデパート課へ異動になった私はD百貨店も担当する事になりました。D百貨店では年に1度「世界の洋酒フェア」という催しをやり、私の会社も出展します。私はイギリスのビーフイーター・ジンの試飲販売を計画し、かねて使っていたマネキン会社にマネキンを頼み、ビーフイーターの衣装も社内で取り寄せました。ビーフイーターとはロンドン塔の番兵のことで、牛肉を食べる事を許されていたことが名前の由来のようです。ビーフイーターの衣装がどんなものかは、お酒屋さんでビーフイーター・ジンのラベルを見てください。赤い制服なのですがズボンではなくスカートをはき、その下は長い靴下です。
マネキン会社からやってきた女の子はとんでもない美人でした。アメリカの女優のブルック・シールズをやさしくしたような面立ちです。彼女がビーフイーターの衣装に着替えると、それはもう、眩いばかりでした。なにしろ超ミニスカート姿なのですからたまりません。D百貨店の若者社員達は顔を赤らめて彼女の前を右往左往しています。マネキン会社からの書類を見ますと、名前は古木ミカとあります。古木さんとはどこかで聞いた名前だがと私は思いました。
自分がワイン課に居た時にあなたと同じ事務所の古木ミチルさんという人にお世話になったのだけれどと言いますと、それは私の姉ですと彼女は答えました。お姉さんはヨーロッパに留学した事もあり、ピアノが専門だと言います。そして彼女自身は神田にある英語専門の短大に通っているのだそうです。
D百貨店のお酒売場の係長さんも主任さんも彼女に魅了されている様子だったので、私はこの2人を誘って古木ミカさんとの4人でお昼を食べることにしました。係長さんも主任さんも大感激だったので、私はこんなに安く上がる接待は無いと気付きました。
それから私は古木ミカさんに電話をしては出てきてもらい、係長さんと主任さんを誘ってD百貨店から遠くないスタンドバーに集まって4人で飲む会を何度かセッティングしました。彼女はその美貌に似合わず素直な性格で、私が電話しますと嫌な顔もせずに出て来てくれて、皆で楽しい時を過ごしました。飲み会が終わると皆でJRの改札を通り、「私達はこっちのホームですから」と2人のお客様に別れを告げ、お2人が見えなくなると私は彼女を連れてもう1度改札を出て、無線タクシーに乗って彼女を家まで送ってそのまま帰宅したものです。
そんな事を何度か続けていますと、彼女は「父が心配している」と言います。父親としたらそれは心配でしょう、私が何者かも分からない訳ですから。私は彼女の母上に電話をして申し上げました。お嬢様のおかげで営業活動がうまく行っていて本当に助かっている事、ミチルさんもミカさんも太陽をいっぱいに浴びたようにまっすぐに明るく育っていらっしゃる、自分にも2人の娘が居るので彼女達のように育って欲しい事等々。母上は、上の娘ばかりにお金を掛けてしまって下の娘には同じ事をしてやれていない等と言われました。私へのご家族の嫌疑は晴れたようです。
D百貨店の係長さんが結婚される事になりました。係長さんは私をメーカーの担当者ではなく友人として招待したいと会社に掛け合ってくれましたが、それはやはり無理でした。私は係長さんに古木ミチルさんにピアノの演奏をお願いしてはどうかと提案しました。そして、演奏の謝礼も必要だが、必ず彼女の席を用意して、1人分のコース料理を出すようにと付け加えました。披露宴の司会を務めた主任さんは、彼女の演奏は素晴らしくて大変披露宴が盛り上がったと報告してくれました。
私は商社を経営している友人KMに頼んで彼の部下に来てもらい、キーホルダーを5個作ってくださいとお願いしました。キーホルダーの両面には古木ミチルさんとミカさんの顔写真が入っています。私は4人での飲み会にこれを持って行き、皆に配って言いました。「本日古木ミカ・ファンクラブ友の会を結成します。これからはこのキーホルダーが会員の証です」。お姉さんのと合わせて2個のキーホルダーを手にした古木ミカさんは本当に嬉しそうでした。
私の先の妻に乳がんが見つかったのはそれからすぐの事でした。手術は成功し、先生は「もう再発はしませんよ」と言ってくれましたが再発しました。妻の告別式に古木ミカさんは参列してくれました。D百貨店の係長さんが伝えてくれたのでしょう。
私のキーホルダー箱にはあのキーホルダーも入っています。キーホルダーでは日本のマリナ・ブラディとブルック・シールズが今も微笑んでいます。
私がワイン課に所属していました時に、ワイン課では通常の営業活動と併せて展示会への出展もやっていました。日常ワインの啓蒙や業務用の新製品の紹介をする為です。蛇口付きの小樽入りワイン(樽は偽者で、中にパック入りワインをセットする)等も展示したものです。展示会会場のブースを借りて商品を陳列し、期間中は営業部員が張り付くのですが、そういった時には会社の女子社員に手伝いを頼む訳にもいかず、マネキン会社の派遣を頼みました。そうしたマネキンさん達の中には才色兼備の人も結構居て、ワイン課のメンバーの1人はマネキンさんと結婚しました。
ある展示会を私が担当しました時、やって来たマネキンさんは性格の良い、雰囲気のある美人でした。皆さんはマリナ・ブラディというフランスの女優をご存知ですか。イタリア映画の「女王蜂」などに出演したセクシーな女優でしたね。マネキンさんは若き日のマリナ・ブラディのような雰囲気を持っていました。マネキン会社からの書類に彼女の名前が書いてありましたが、古木ミチルと書かれていました。変わった名前だねと私が言うと両親が童話のチルチルミチルから取ったのだと説明してくれました。なかなか優秀だったので、彼女には何度か別の展示会にも来てもらいました。
ワイン課からデパート課へ異動になった私はD百貨店も担当する事になりました。D百貨店では年に1度「世界の洋酒フェア」という催しをやり、私の会社も出展します。私はイギリスのビーフイーター・ジンの試飲販売を計画し、かねて使っていたマネキン会社にマネキンを頼み、ビーフイーターの衣装も社内で取り寄せました。ビーフイーターとはロンドン塔の番兵のことで、牛肉を食べる事を許されていたことが名前の由来のようです。ビーフイーターの衣装がどんなものかは、お酒屋さんでビーフイーター・ジンのラベルを見てください。赤い制服なのですがズボンではなくスカートをはき、その下は長い靴下です。
マネキン会社からやってきた女の子はとんでもない美人でした。アメリカの女優のブルック・シールズをやさしくしたような面立ちです。彼女がビーフイーターの衣装に着替えると、それはもう、眩いばかりでした。なにしろ超ミニスカート姿なのですからたまりません。D百貨店の若者社員達は顔を赤らめて彼女の前を右往左往しています。マネキン会社からの書類を見ますと、名前は古木ミカとあります。古木さんとはどこかで聞いた名前だがと私は思いました。
自分がワイン課に居た時にあなたと同じ事務所の古木ミチルさんという人にお世話になったのだけれどと言いますと、それは私の姉ですと彼女は答えました。お姉さんはヨーロッパに留学した事もあり、ピアノが専門だと言います。そして彼女自身は神田にある英語専門の短大に通っているのだそうです。
D百貨店のお酒売場の係長さんも主任さんも彼女に魅了されている様子だったので、私はこの2人を誘って古木ミカさんとの4人でお昼を食べることにしました。係長さんも主任さんも大感激だったので、私はこんなに安く上がる接待は無いと気付きました。
それから私は古木ミカさんに電話をしては出てきてもらい、係長さんと主任さんを誘ってD百貨店から遠くないスタンドバーに集まって4人で飲む会を何度かセッティングしました。彼女はその美貌に似合わず素直な性格で、私が電話しますと嫌な顔もせずに出て来てくれて、皆で楽しい時を過ごしました。飲み会が終わると皆でJRの改札を通り、「私達はこっちのホームですから」と2人のお客様に別れを告げ、お2人が見えなくなると私は彼女を連れてもう1度改札を出て、無線タクシーに乗って彼女を家まで送ってそのまま帰宅したものです。
そんな事を何度か続けていますと、彼女は「父が心配している」と言います。父親としたらそれは心配でしょう、私が何者かも分からない訳ですから。私は彼女の母上に電話をして申し上げました。お嬢様のおかげで営業活動がうまく行っていて本当に助かっている事、ミチルさんもミカさんも太陽をいっぱいに浴びたようにまっすぐに明るく育っていらっしゃる、自分にも2人の娘が居るので彼女達のように育って欲しい事等々。母上は、上の娘ばかりにお金を掛けてしまって下の娘には同じ事をしてやれていない等と言われました。私へのご家族の嫌疑は晴れたようです。
D百貨店の係長さんが結婚される事になりました。係長さんは私をメーカーの担当者ではなく友人として招待したいと会社に掛け合ってくれましたが、それはやはり無理でした。私は係長さんに古木ミチルさんにピアノの演奏をお願いしてはどうかと提案しました。そして、演奏の謝礼も必要だが、必ず彼女の席を用意して、1人分のコース料理を出すようにと付け加えました。披露宴の司会を務めた主任さんは、彼女の演奏は素晴らしくて大変披露宴が盛り上がったと報告してくれました。
私は商社を経営している友人KMに頼んで彼の部下に来てもらい、キーホルダーを5個作ってくださいとお願いしました。キーホルダーの両面には古木ミチルさんとミカさんの顔写真が入っています。私は4人での飲み会にこれを持って行き、皆に配って言いました。「本日古木ミカ・ファンクラブ友の会を結成します。これからはこのキーホルダーが会員の証です」。お姉さんのと合わせて2個のキーホルダーを手にした古木ミカさんは本当に嬉しそうでした。
私の先の妻に乳がんが見つかったのはそれからすぐの事でした。手術は成功し、先生は「もう再発はしませんよ」と言ってくれましたが再発しました。妻の告別式に古木ミカさんは参列してくれました。D百貨店の係長さんが伝えてくれたのでしょう。
私のキーホルダー箱にはあのキーホルダーも入っています。キーホルダーでは日本のマリナ・ブラディとブルック・シールズが今も微笑んでいます。