与えることは得意だけど受け取ることは苦手。


こういう人は案外多いのだが


「与えること」と「受け取ること」はいつも同時に起きている。



男性性と女性性が連携プレーで機能するのと同じ。


どちらか一方が得意で

どちらか一方が苦手ということはない。



「受け取ること」を苦手と感じているのであれば、「与えることは”好き”なんだけど」という言葉のほうが適切かも。


例えば、与える/受け取るのバランスを

SNSの発信とかでイメージしてみて。



情報や知識、思想などを分かち合うとき

自分から出したものに対する

相手(大衆)からのフィードバックを

受け取ることを許可すること。




  与える/受け取る=分かち合う



真の与えることと受け取ることの本質は

ハートチャクラ🟢(第4チャクラ )


「分かち合う」ためには、

第3チャクラのテーマが先にある。



キーワード🗝️

自他の境界線




「自分と他者の境界線」を尊重で持てているかどうか

というところ。


これが、自分軸というキーワードに繋がる。


自分軸がしなやかにあるかどうか、

相手のことも尊重する気持ちがあるかどうかということです。




そして、「分かち合う」とは、

自分のことを表現すること

「自己表現すること」でもあります。


第3チャクラで自他の境界線を尊重ベースで持てていると、それは第5チャクラの健全な自己表現に。

 



他人の目が気になって

どう評価されるのかがこわくて

(それぞれ第3チャクラ)

表現したり、与えることはできず。(してても行為だけが表面的)



相手のことまで

(しいては自分意外のことすべて)

コントロールできないでしょう?




相手がどうであれ(期待外れな結果でも)

反応がどうであれ(こわくても)


【自分はこうする】というスタンスの確立が

自他の境界線にまず必要なこと。




自分のことを尊重できているか

相手の在り方や意見も「それもあり」と尊重できているか



「表現すること」

「与えること」は

自分がそうしたいと思ってするというところにしか成立しないものです。





「表現しない」という表現さえも、
「表現できない」という表現さえも、

たった今、あなたが

「色んなものを自分自身で取捨選択した結果」です。



それを自覚することもまた、

自分軸を育てるということなのだ。


講義ではこういった感じの話をするとき

「与えることは“好き”だけど、そこに怖さがある」という生徒さんからの〝フィードバック〟があったりします。



つまり
「誰かの役に立つことや表現することは”好き”だけど、そこには怖さがある。」ということ。


そのとき

“好き”を見るのか、

“怖れ”を見るのか。

どこに焦点を当てていきたいか。


それを選ぶのも自分自身。



そして、その怖さはどこからやってくるのか?

この場合だと、その人の

第3チャクラ状態(もちろん他のチャクラも関係する)を丁寧に見ていくと


ベクトルは

怖さから好き・やりたい!に

変わっていく。



自分と向き合うことは

自分を知ること。


本当の自分を知るほどに

怖い、と思っていたヴェールは

ゆっくり剥がれていく。


自分のことが愛おしく感じていき

どんどん好きになっていく。



自分のことを大切にするのも

自分に優しくいるのも

セルフラブの一つ。

能動的に愛する、ということ。

育んでいく練習にもいい。



ただ、

自分のこと好きだなぁって“感覚”は

自然と内側から湧いてくるものだ。



これが男性性と女性性の違い。

与えること♂と受け取ること



この2つは陰陽セット

両方あって、それなのだ。



統合に向かうまでに

幾多の成長や変容のプロセスがある。



だから、

探求しながら(知恵と自分を知ること)

実践と体感が必要なのだ。



そこには、絶対的に

自分自身の関与が欠かせない



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自己探求と自己変容の理論と体験(体現)



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