志村さんが亡くなってからのフジファブリックの十年。
ギタリストだった総くんこと山内総一郎氏が志村さんの代わりにギターボーカルを始めて、十年の月日が流れている。
フロントマンが受ける圧って、必ずあると思う。
お客さんやファンの、熱や願いや想いや好奇心や批判がこもった眼差し…。たくさんの人間の眼差しという圧を、それも通常以上の圧を、矢面に立った総くんは心と体で痛いほど浴びてきたはずで。それを耐えたのがすごい。いくら自分で選んだ道だとしても、すごい。
真ん中で歌うのは、とても幸せな事でもあるんだけどね。幸せと感じるまでには長い長い時間が必要だと思う。オーディエンスとの信頼関係を築くまでは。もっと言えば、心から信じることさえ出来れば、そこは幸せな場所でしかないのかもしれない。
フジファブリックがすごいのは、あれだけ個性的で詞曲もほとんどやっていた志村正彦氏が真ん中からいなくなっても、バンドとしてたくさんの曲を作り続けていること。アルバムを出して、ライブをして。総くんがギターボーカルやってるのも勿論すごいんだけど、それよりも地道に曲を作り続けているのが本当に尊敬する。
総くんは志村さんがいた時から曲はたくさん作っていたみたい。ダイチャンも加藤さんも曲を作る。やっぱり曲を作ってなんぼですよ、ミュージシャンは。
そりゃあ志村さんの曲はすごい。詞もすごい。一緒に作ってたメンバーが一番分かっていると思うし、志村さんの曲が大好きだと思う。だけど、どんどん曲を作らなければバンドは止まる。終わる。しかも悲劇のバンドで終わってしまう。そしていつか忘れ去られる。忘れ去られるのが一番悲しい。だって、世間一般に知られてないイイ曲まだまだいっぱいあるし。曲が知られることすらなく、存在自体が忘れ去られるなんて、そんな悲しい事はない。
3人が志村さんと一緒に作った曲を、噛み締めながら楽しみながら聴きたい。それは3人にしか出来ない事。純粋に培養されたフジファブリックだけの音。
そして3人が今を生きて、今を歌うのが聴きたい。
大阪城ホールのセトリを見ると、3人になってからの曲が並んでいる。寂しいことではなくて、ファンを含めみんなが今を生きているって意味なんじゃないかな。志村さんは総くんが言ったように、綺麗事じゃなく本当に『ずっと一緒』なんだと思う。
ギタリストだった総くんこと山内総一郎氏が志村さんの代わりにギターボーカルを始めて、十年の月日が流れている。
フロントマンが受ける圧って、必ずあると思う。
お客さんやファンの、熱や願いや想いや好奇心や批判がこもった眼差し…。たくさんの人間の眼差しという圧を、それも通常以上の圧を、矢面に立った総くんは心と体で痛いほど浴びてきたはずで。それを耐えたのがすごい。いくら自分で選んだ道だとしても、すごい。
真ん中で歌うのは、とても幸せな事でもあるんだけどね。幸せと感じるまでには長い長い時間が必要だと思う。オーディエンスとの信頼関係を築くまでは。もっと言えば、心から信じることさえ出来れば、そこは幸せな場所でしかないのかもしれない。
フジファブリックがすごいのは、あれだけ個性的で詞曲もほとんどやっていた志村正彦氏が真ん中からいなくなっても、バンドとしてたくさんの曲を作り続けていること。アルバムを出して、ライブをして。総くんがギターボーカルやってるのも勿論すごいんだけど、それよりも地道に曲を作り続けているのが本当に尊敬する。
総くんは志村さんがいた時から曲はたくさん作っていたみたい。ダイチャンも加藤さんも曲を作る。やっぱり曲を作ってなんぼですよ、ミュージシャンは。
そりゃあ志村さんの曲はすごい。詞もすごい。一緒に作ってたメンバーが一番分かっていると思うし、志村さんの曲が大好きだと思う。だけど、どんどん曲を作らなければバンドは止まる。終わる。しかも悲劇のバンドで終わってしまう。そしていつか忘れ去られる。忘れ去られるのが一番悲しい。だって、世間一般に知られてないイイ曲まだまだいっぱいあるし。曲が知られることすらなく、存在自体が忘れ去られるなんて、そんな悲しい事はない。
3人が志村さんと一緒に作った曲を、噛み締めながら楽しみながら聴きたい。それは3人にしか出来ない事。純粋に培養されたフジファブリックだけの音。
そして3人が今を生きて、今を歌うのが聴きたい。
大阪城ホールのセトリを見ると、3人になってからの曲が並んでいる。寂しいことではなくて、ファンを含めみんなが今を生きているって意味なんじゃないかな。志村さんは総くんが言ったように、綺麗事じゃなく本当に『ずっと一緒』なんだと思う。