もがくあんこ。
おはようございます。
月曜日の朝から雨の田舎から、あんこでーす。
今日のあんこ、ダークですから。
いつものふざけたあんこちゃんが好きな方、ごめんなさいね。
ダラダラとした長文ですので、読まなくてもよろしくてよー。
毎日のように私が書いている「暇」という文字。
結婚してから「暇」という言葉をよく使うようになりました。
結婚前、「暇」と感じたことなんて滅多になかったように思います。
ほとんどの時間を誰かと過ごし、ほとんどの時間笑っていました。
ほとんどの時間、幸せでした。
元来1人好きな私は、1人の時間も充分に楽しめました。
ネイルサロンに行き、ヘアサロンに行く。
ゆっくりと本を読み、ゆっくりとお茶を飲む。
自由に街を歩いて買い物をし、偶然会った友人と立ち話をする。
馬鹿らしいと思われるかもしれませんが、こういう薄っぺらいことが楽しかった。
ある人に「あんこは、田舎の良いところを見ようとしない」と言われました。
わかってはいるんです。
今のままじゃいけない。
前進しない。
わざわざ具体的には書きませんが、努力はしました。
結果がこれなので、無駄な努力だったのかもしれませんが。
この土地に嫁いだことを後悔しないよう、誇れるようにとがむしゃらでした。
それでも心が疲れきって、ある日、髪の毛がゴソッと抜けました。
「円形脱毛症」になりました。
それからはもう、何をどうすればいいのか。
何をどう頑張ればいいのか。
「頑張ってね」「頑張らなきゃね」
と言われるたびに、気が変になりそうでした。
話は変わりますが、ちょくちょく登場する私の母。
母は強い人間です。
そして、周囲の人間にも強さを求めます。
弱者を猛烈に嫌い、軽蔑しています。
「1人で生きていける人間になりなさい。」
「人に泣き顔を見せるような人間になってはいけない。特に、人前で涙を流す女は最低よ。」
幼稚園児の頃から、私はこう言われて育ちました。
そのせいか、私は今でもあまり泣きません。
無理しているわけではなく、ただ泣かないのです。
最後に人前で泣いたのは16歳。
友人が目の前で亡くなったときです。
母のことを、嫌いだ嫌いだと言っているくせに。
今の私は母の教育通りに生きている。
友人やいけちゃん、義家族に「辛さを話して。聞くくらいはできるから。」と言われても言えない。
話そうとすると喉が固くなり、閉じてしまう。
「人に痛みや辛さを相談するのは時間の無駄。家族だろうと友達だろうと他人なのだから。理解してもらおうなんて馬鹿な人間のすることよ。」
母の言っていたこの言葉が頭の中でグルグルと回り、うまく言葉にできず「大丈夫」と笑ってしまう。
「聞いてほしい」と思ってしまったときは、一体どうすればいいのだろう。
母の言っていたことも理解できる。
私も人に対してそう思うときが、正直ある。
それでも私の中には「母のようになりたくない」という矛盾もあるのです。
協調性がない、壁がある、執着しない、依存しない、求めない、興味をもたない・・・
今まで他人から言われ続けてきたこれらの言葉。
これらはまさしく、「母」そのものです。
母のようにだけはなりたくない。
人を信じて、人と手を取り合って生きていきたい。
そう思って15歳で家を出たのに。
夫であるいけちゃんにすら話したくない、見えない「母」との葛藤。
まったく。
いつになったら、この呪縛から解放されるのかしら。
勇気を振り絞って他人に相談まがいのことをしておいて、「頑張れ」と励まされ落ち込む私。
何という面倒くさい女なのでしょう。
私いま自分でタイプしてビックリしてしまいました。
相手にしてられませんわね。
そろそろ前進しなければ。
皆さん。
正直コメントしづらいですよね。
それでもコメント欄を閉じない私。
うふふ。