人間なんて、本質はバカでどうしようもなく、脆くもしぶとい生き物で、
下手に知恵や学習というものがあるものだから、
本質の愚かさをバカでおぎなうようにできてるものだから、
占いを全く信じないわたしでも、統計学という、占いを別の言い方しただけではないか。
というものに、意見されてみたくもなるという、ものがあるし、
心理学、行動学に、疑問がある。
例えば、嘘を吐くとき人は、鼻を触る、目を見ない、右上を見るなど、
わたしは、「いやいや、年中鼻炎の人間(わたし)も居るし、目を合わして話すことに嘘も本気もねーよ、思い出すとき右斜め上を見ることあるよ、全然当てにもならねーよ、それにそもそも、その土地、国それぞれに文化もあるぜ?」
と、占いよりも逆に学問にしているだけタチが悪く感じることに、結構持論をもっていて、
それは、わたしなりの統計、わたしは記憶力が自分で言ってしまうが、
生きるのがとにかく煩わしさに見舞われるほど、パない。
これは、記憶力というものに、良い、悪いという言い回しが適切であるのだとしたら、
それは、記憶を自分の都合よく書き換えられて、嫌なことなどすぐに忘れられることが、記憶力の良い事ではないか?
的確に記憶しておく事が、記憶力の良さだというのは、点数だけの問題であって、
本当に記憶力の面で、点数を取る等以外で生きていて良い事など殆どない。
嫌な事が増える事はあっても、
「あー、もう忘れてんだね、みんなは。」
「え〜、、あなたが言っていた事なんですけど、、」
「うわ〜、主観とは言え、偉く脚色したな〜、」
「そーですか、アレは無かった事ですか。はいわかりました。」
の、連続で生きる事となる。
「まだ言ってる」「もうそんな事はどうでもいい」「今は関係ない」
と言いくるめられて、こちらがRECした記憶など、本当に人生において、生きることにおいて、
世間では、どうっっっでもいいこと。
自分の事しか考えていないのだから、むしろ、
その人、それぞれの喜ぶエピソードのみを記憶から選んで話す事で、
ヒトは、「自分の事をこんな良かった思い出があったのを、覚えていてくれたんだ!!」
ってなる事を、わたしはよくよく思い知って生きてきた36年間。
記憶力がパないというのは、つまり、そういう事なのである。
つまり、超絶・孤独。というか、、不憫でならないもの、というか、、。
世の中は結構感情論で物事の関連性を記憶するから、わたしのREC機能というのは、皆様のご機嫌を損ねない、ハッピータイムを小出しする、その為に出さない事柄も選ばなければならない
そんな、誰にも知られない、なんとも切ない裏側もあるわけで、。
わたしのこのREC機能(つまり五感をカメラ、マイクとした単なる録画)は、
わたし自身が欠落している判断能力の欠如、臨機応変に対応する事ができない不器用さ、テンパり癖、感情で動いても良い事など無いということから、その時、リアルタイムで間違えてばっかりの、欠如を補うために備わった機能だとわたしは理解している。
考えもしなかった要求や、提案を、即、その場で、
YES or NO は、わたしは間違えてしまうから、
目の前で起こっておる全ての事が、わたしには処理が追っつかないから、
もれなくただ、RECして、後で考える素材。
とにかく常に情報過多で、何も考えられないで生きてる事の方がわたしというエフェクターへインプットされる浮世(玄関開けて、こんにちは な世界)には、日常というわけだ。
いちいち、判断してたらあたまパンクする(感情で間違える)し、なんならパンクしているからこそ、もう、強行突破のRECで、眠りの夢の中で時系列で情報として、整理して記憶に変換する作業があるわけで、
ようやく近年、その果てしないとも思われて絶望に値する一生だと諦めかけていたものも、
加齢とともになんとなく、「お?おや?わたし、忘れてんじゃん!忘れられるんじゃん!すげぇ〜!これか!これが忘れるって事か!」ぐらいに期待感も出てきている。
そんなもの、周りから見れば、チートだの、ギフトだの、言いたい放題だろうが、
マジで役になど立たない、だって、証明するには誰かも同じ記憶を共有していないと意味ないのだから。
今まで生きてきて、本当にわたしの脳みそRECを映像で皆の前で映し出せたらなぁ〜、
と思って、四六時中、物理的に本当に、常にカメラを回し続けるしか方法はなく、そんなこと、保存する膨大なデータバンクもなければ、カメラも無い、割と現代はそれが一般庶民でも可能なテクノロジーは出てきてはいるけど、
データバンクは、なかなか高額で、常に物理的にカメラまわして生活していたら、単なる異常者である。
まぁ、そんなわけで、わたしの記憶力がどれだけ、良いものでは無いかという話はこのぐらいにして、
ここのところもう、滅入りに滅入って、全人類人間不信から、メンタルをなんとか脱する事も出来ず、もう、強制シャットダウンしてーわ
というよろしく無い迷宮を彷徨っているわたしは、
わたしには理解できない人間の心理、行動、言動のデータをもとに、
ヤフー知恵袋にこんな行動をする人間が同じ行動をする人間達の心理、
また、一見、同じような行動、言動をするが、
結果として、前者とは全く異なる行動、言動をする人間もいるという別事例の、心理の違いについて質問してみたり、
行動学、心理学の動画を漁ってみたりしていた。
が、いまいちピンとこないもの、
また、偏見というか、詰めが甘く、もう少しデータ取れや、少なくねーか?ぐらいに感じてしまうもの、
その人とっての善し悪しとか、どうでもええねん、ルールや倫理観とかじゃなくてさあ!
と、感じるものや、
あー、はいはい、嘘つきですね。
という、説得力に欠けるものは多い。
占いなど、特にタロット、まじない、血液型、手相、人相、星座(星座は、少し関係あるかも。生まれた季節で、物心つくタイミングにどのような世界が見えたかなどもあるし)など、本当に信じない。
「うるせえー!」と頑として思ってきたわたしだが、
わたしは データオタクというか、必然だが、とにかくデータを取る癖がある事を良くも悪くも自覚していて、
なんとか学習しようという姿勢があるので、
"ナントカ学"と、つくものには、個人的にかなりシビアな見方をする。
それは、どこかからの引用か、または、単なる転載ではないか。ソースはどこだ、どれだけの数を元にしているか、
本当に、厳しい見方が自ずと身についてしまった。
そこで、「ん?この人は占い師を名乗っているが、統計学の一端として、触れている数も、導き出されているものの言い方も、詐欺や偏見、まぁ、あなた次第ですよ感 とは、少し違うね」
と、感じた、占い師さんの、統計学から見る、姓名判断をしてみた。
こちら↓
https://namaeuranai.biz/
で、結果がこのような感じ。
↓
割と、あまり、これまでの人生でこういった姓名判断サイト等で出てきたものと、殆ど変わりはなかった。
わたしの名前は、親が画数にこだわったというだけあって、割と満点に近いのだ。
よく出るのが、「大器晩成」、「若い頃は死ぬほどの苦労をする、または、死ぬ」みたいな事。
どっちやねん!
死んだらええんか?なあ、しんだら晩成か?
な事だ。とりあえず、耐えろという事だろう。
今回も、だいたい同じ。まぁ、そういうことか、と。
見たままで言えば、正直、女であるという事については、
最悪だ。
何故なら、苗字あってこそになっているから。
名前「杏里」の画数だけ見たときの文言、
以下、抜粋
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孤独 失望 裏切り 失敗 破綻
人生の中でついている期間がまったく無い。人やお金にも愛される事もなく非常に辛い毎日を送る人生です。
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この文章を見たわたしは、何故だろうか、
爆笑。
正直、ここまで言われると、笑いが止まりませんねぇ〜。wwwwwwwww
割と、電波系とか、霊視家とか、訳のわからない認識を勝手にされがちな不本意なわたしだが、
本当に信じないもの、本当に嫌いなもの、苦手なもの、避けているものを、
たまに、本当に信じないに値するか、本当にわたしは、それが嫌いか、本当に苦手だろうか?
と、
再認識のために、わたしは敢えて試す事がよくある。
見方、考え方がかわるかもしれないし、意外と一理あるな、とか、
この角度で向き合ってみてもやっぱり嫌いかな?苦手かな?
と、やっぱり無理なものは無理だという結論のもまた、得るものとしてカウントすべきであるというスタンスがわたしにはある。
そしてまた、年月を経て、視野や、価値観が変化する事もあるって知っているから。
しかし、わたしは、自分でも、公言していた事、
わたしのこれまでの半生でわたし自身が感じて来てた事、
わたしがどうこうしたではないのに、なーんしか、付き纏う、間の悪さ。
小さい事から大きな事まで(ヤンマーディーゼルじゃなくて)、人生を賭けた大きな出来事、達成するための王手!のタイミングでは、もう慣れできたというか、まぁ、こういうことになるような星の元?というか、地盤というか、
もう、わたし、逆に「持ってる」と言っても良いかもしれないぐらいの、タイミングの残念さ。不謹慎だから言えないようなことも。
わたしには、もう、なんか、俯瞰で笑てまう、ていうもの。
「人生の中でついている期間がまったく無い。人やお金にも愛される事もなく非常に辛い毎日を送る人生です。」
うん、、。当たってるとか信じるとかじゃなくて、
わかってる。。、んー、、ちゅーか、身に覚え有りまくるんですよね〜。笑
2020/12/23
aune





