わたしには、自分の身を守る為に、
重要な、決定的な、欠損がある
ということは、
常々、自覚はしている。
自覚をしてはいるが、
欠損である。
自分の意図せぬように、
世の中が回ってしまうのは、そのせいである。
わたしは、その打開策を
いつ、どの時点で、
気がつけば良いのか、
わかっていない。
何故なら、
わたしは、おおよそ、
常にテンパって生きている。
意識が散漫で、
今 何が目の前で起こっているのかわかっていない事が
思いの外、いつも多い。
わたしの日常は、そういう要素で出来ている。
今に始まった事ではないから、
その、厄介は、測りしれない。
そういう自分を生きてきたわたしの
打開策は、
常に、強行突破のような事になっている。

27歳の時に、脳みその検査をした、
そこで出た結果に、
わたしをよく知る、知人や友人からは、
「まぁ、そういう事だったことには、違いないことは、わかってたよ」
と、いう結果だ。
広範性発達障害 と、ハンコを押されただけのこと。
広範性発達障害とは、
ザックリ言うと、
出来ることと、出来ないこと
の、差が、
ミラクルレベルで、周りの人間からすれば
わけがわからない。
自ずと、
「これ、ほんまに自分がやったんか?」
「やっぱり、やればできるじゃないの!」
「どうして、ここまで出来るのに、こんな簡単なことが出来ないの?」
「サボってんの?」
「ふざけてんの?」
「やる気あるの?」
「クスリやってんの?」
「今日、どうしたの?何かあったの?」
生活、仕事上、
この言葉達は、容赦なく浴びることとなる。
わたしは、グレーゾーンの、ダミーである。
自分の中では、いつも、そう思ってしまう。

一概に、広範性発達障害 といっても、
どこに、その差があるのかは、
千差万別とされている。
わたしのケースは、
脳みそのテストの結果、
0点=「皆無である」
が、出たところがあり、
それが、
「優先順位、順序、整理」のカテゴリー
とされた。

わたしは、それについては、反論出来ない。

むしろ、その皆無を、踏まえて
やり方を工夫してしまっている方向へと、
進んでしまっている。

先ず、部屋は、
散らかる とか、片付ける
という、レベルの問題ではなく、
その状況で、絶対に無くすとマズイもの
には、
壁にかけた何かに入れる、
壁にかける、
天井から吊るす、
高台に置く、
等の、強行突破に走っている。
自ずと、床から、壁、天井の境い目を
潰してゆくスパイラルに陥る。
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ランドセルの中は、重要

{181822DF-A2B8-4278-8C91-5F71E9D6A4B2}
クラゲのポーチの中

{45B91EF0-0757-4A52-B1BA-AA6107152986}
アクセサリー 関連

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壊れた掛け時計の中 重要

次に、日常的に、
無くすとマズイもの、ライフラインとなるもの
(例: 鍵、ケータイ、財布、カバン 猫 等
には、
それぞれに、音の異なる
鈴を付けている。
部屋を揺らして、
その音の聴き分けで、其れらを探す。
これは、無い物 に対して、
有り過ぎるもの である、
聴覚過敏 を、利用している。
聴覚過敏は、日頃、苦痛や、悩みの種
なものではあるが、
こういう利用方法を取り入れてしまっているので
ある意味、才能のような扱いを受ける羽目にもなる。
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塩コショウ

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すぐに無くしてしまわないよう人格を持たせたヘアピンケース

{AD710087-7B34-4FE9-BC9B-7DB435BA7FBD}
スマホケースにも、鈴

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{C2F8CC6B-6C6D-4696-9ACB-3F3F5F138D87}
作曲の楽譜

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{0D2C220E-E491-48EA-ABBF-6EEFAA6B35E6}
共感覚、数字のトリックに注意するためのオリジナル分析表


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同じく、共感覚のトリックに注意するための、数字の羅列がもたらすエフェクトのオリジナル分析表

{34178104-A311-49B9-9789-362276597CB6}
玄関のチャイム
{11FE77F3-6DCF-4977-A61A-FD32F795D3D8}
※ 風が揺らしたか、人間の力が揺らしたかを、寝ていても聴き分ける。




これら、上記の 欠損 と 対策
については、
一人で生きるぶんには何ら、問題ではなく思える。

また、LDに分類される
難読症(ディスレクシア)
と、共感覚、注意欠陥
が、生きる上で、なかなかのネックだ。

難読症 は、父譲りである。
恐らく、優先順位、順番処理
においても、父譲りなのは、明白だ。

難読症
という言葉を知るまでは、
「目が飛ぶ」と、言ったり、
音読しても、内容など、頭の中にイメージが出来ない。
しかし、ナントカ、音読すれば、
他者は
「読めるじゃないの」
で、済まされる。
取り扱い説明書、
マニュアル、等
「読んどいて」もの は、
読んどいて と、言われても、読める自信が全く無い。
なので、事情を説明し、
音読して貰えれば、非常に助かる。
一人であれば、
自分で音読したものを録音、
其れを聞く というやり方も、なくは無い。

実は、数もちゃんと数えられない。
物質的なものでは、
7〜8ら辺から、既にちょっとやばい
13〜14ら辺から、絶対 とは、言えなくなるレベル
20〜 以降 は、何度確認しても、事実は闇の中。
予定 や、項目においては、
3つ以上の事柄は、
「いっぱい」となり、脳みそが、バグを起こす。

そして、方向音痴 というには、
そんな可愛らしいものじゃないほど、
空間認識能力に、信じられ難い程の
ポンコツ を、かます。
角を2回以上曲がれば、自分がどこから、どうやってきたのか、
真っ白になる。
出先の、女性用トイレ等でも、迷うレベル。

これらのLD事情を、かばってきたのが、
共感覚の一部 と、画面的記憶能力
テストをクリアーするのは、
カメラアイ という言葉を知ら無い時、
「目カメラ」
と、読んでいた。
画面的記憶能力 のことを、
「脳内カンニング」
と、言っていた。
共感覚は、その画面の引き出しに、使う。
例えば、目カメラで撮ったものを、
テスト中にも目に入る、消しゴムや、ペンケース、諸々
に、風景イメージを付け足して、
データを飛ばす。
そうすることにより、テスト中、
見たことのある画面が、
たとえば、春の菜の花畑
の、風景につながり、
その風景が見えた瞬間、
飛ばしたものであれば、消しゴム(等)から、
「おーい!」と、声が飛んでくる。
消しゴムを見る事により、
風景から、どのデータであったか が、
絞られる。
あとは、それを空気中に、
印画紙を液体に浸す感じで、
ぼや〜っとしたものが、数秒で、はっきりくっきり 映し出される。
それを読みながら、回答する。
高校受験は、このやり方で、
過去5年分の参考書を、とにかく丸暗記で
突破。
約半年で、偏差値が40〜50上がってしまった。
その結果、「やれば出来る」の称号が。
しかし、自分では、やはり理解していないので、後ろめたい。
そのやり方を、友人に暴露しても、
「いやいや、普通に覚えた方が早いし。」
と、冗談だと勘違いされるだけ。
それが、グレー で、ダミー である わたし
の、証拠だ。

そういった機能は、
人間関係にも、明らかに繋がってくる。

それが、これから述べる、
母に学ぶ 護身術
である。

わたしは、人間関係での問題が、
致命傷、事件
に、発展するまで、
自分でどうにかしようとする。
そして、どうにかせねば!
と、気がついた頃には、
周りから見れば、既に 時、遅し。
被害が自分だけではなく、
周りに広がり、初めて、手に負えない事に気づく。

19歳で、一人暮らしを始めてからは、常々、母に、
「何かあったら、すぐに相談しなさい」
と言われ、そして、そのうち、
「だから、何かあったら、その時に、どうして言わなかったの⁉︎」
と言われるようになり、
果ては、
「杏ちゃん(わたし)は、いつもお母さんには相談してくれない。」
と、なった。
それでも、一人で生きてゆくことを選ぶわたしに、
母は、
「お母さんはね、戦場に我が子を送る気持ちだ」
と、独特の言い回しで、言うようになった。
わたしは、「エッ!そのレベル⁈」と、
笑い話のネタにしていたが、
バイト先の、お客さんにも、
「自分、よう、親が出させてくれたなぁ、、」
と、言われることも少なからず有り、
友人からは、
「あと先考えなあかんで」
とか、
「オーネちん、嘘をつくことを勉強しよか。」
とか、
「例えばな、普通の人は、通魔に腹刺されたら、救急車!とか、逃げようとしたりするねんで。
オーネちんは、そういうとき、「なんで、刺されたんやろ?」て、考えてもうてんねん、そんで、その間に死んでまうんやで⁉︎」
等 と、指摘を受け、
多数の事件に巻き込まれてきた、我が人生に、
以後何を気をつければ良いか、
わたしなりに考えている。
そして、
その一連の流れから、
やっと、30歳辺りで、
わたしは、あぁッ!!!
「何かあったそのとき」を、
わたし、わかってねぇ!!
ということに気がついた。

気がついて、わかることなら良いのだが、
わからないのが、欠損であり、
わたしにとって、
挨拶、他愛もない世間話、程度のことが、
どうやら怪しい。
でも、その見極め は、、、

無いのだ。

面倒なことを避けるため、
わたしは、既婚者のフリをするための指輪を、常時、はめている。
そして、ここにそれを綴ってしまったので、効果が、激減。
その前に、
「アレ?結婚したんですか?」
と、訊かれれば、
嘘が出てこない。
これからは、世間にどれだけ常に牙を剥き、
こんな言い方したら、穏やかじゃないなぁ、
傷付いて、自決への後押しをするだけではないか、、
と、不安になる心を捨て、
その場の和やかな雰囲気に、鈍感になり、
生きてゆこうと、
昨晩、決めたんです。

だから、本当に、大切な人には、これからのわたしの、へんてこりんな、言動や、行動が、
そういう事態回避 故
であることを、告げたんです。T_T

母は、昔から、家の中では、
めちゃくちゃ、喋るし、ふざけるし、
笑いを取りたがりなのに、
外では、ツン! と、してるなぁ〜
と、感じたことがよくあり、妹とも、
そんな母の話をネタに笑っていたけど、
母は、
「お母さんは、若い頃は、道歩いたら、皆、振り返って、困っていた」
と、美人自慢を、いつものネタだと思い、
「あー、はいはい。」
とか言って済ませていた。

また、わたしが中学生の頃、家族で出かける際に、
母が、寝室から出てこず、
「お母さん まだ〜?」と、
母の寝室を開けると、たくさん洋服を出し、
母は、ベッドに顔を埋め、へたり込んで、
「お母さん、もう、何 着たらええか、わからん〜、、」
と、泣いていた。
母は、派手なタイプではなかったが、
年齢による体型の変化に、
鏡に映る自分が、全部違う!と、嘆いて泣いていた。
そんな母に、当時、中学生のわたしは、
「お母さんは、若い頃、いっぱいモテて、結婚もして、子供を3人も産んで、女としての幸せは、充分に手に入れれたんやからよ、もう、そんなこと、諦めたらええやん。」
と、偉そうに、母をなだめた。

どうして、母は、家庭内でしか見せないあの茶目っ気を
外では見せないのか、
あんだけはしゃぐのに、外では ツン! として見えるのか、
なるほど。、、

わたしも、女だった。
いつも忘れる。


aune
2016.07.25