引退という節目を迎えるにあたり思ったことを書いてきたけど、

とりあえずこれで完結です。

 

 

私にとって「音楽」とは、「演奏すること」とは何なのか。

 

 

はじめは、自己肯定感を得るための道具だったと思う。

難しい書き方をしてしまったけれど、要するに音楽やってれば誰かに認めてもらえるということ。

前回の記事でも書いたように、家族や親戚が体育会系なので、

何か演奏できれば少なくとも親族からは褒めてもらえた。

私は従兄弟を含めても1番年上なので、きっと寂しかったんだと思う。弟とか年下の従兄弟ばかり可愛がられるというのはよくあることだと思うけど、その寂しさを紛らわしたり親の気を引いたりするのに、ちょうど良いのが楽器を演奏することだったんだろう。

 

実際、幼い頃ピアノ弾いてて楽しかった!っていう記憶はあんまりない。

どちらかといえば思い通りに弾けなくて鍵盤思いっきり叩いたり椅子蹴ったりして親にめちゃくちゃ怒られてた気が…。「ピアノに謝りなさい!」ってよく言われてた…ああ…。っていうか昔は頻繁に楽器に当たり散らしてたわ…。発表会とかは親戚が見にきてくれて褒めてくれるから好きだった。(というか最近もそうだな、本番は緊張よりも楽しいという思いの方が強いから好きだ。)

 

トロンボーンはどうだっただろう。先輩の素行がよろしくなくて、いじめられたりしてたけど、楽器は練習すればするだけできるようになったし、パートリーダーやってソロ吹いたり1st.やったりして、個人的には楽しかった。周りはあんまり練習に一途って感じではなかったけどね。

 

 

私は昔から極度の負けず嫌いだったし、物事を途中で投げ出すのはかっこ悪いし許せないことだと思ってきたから、音楽が好きかどうかに関わらず、「途中で辞める」という選択肢が存在しなかった。

だから一旦ピアノを始めてしまったら、そして吹奏楽を始めてしまったら、

続けることのできる環境がある以上は「やめる」ことができなかった。続けることが自分の中で半ば義務化されていた。

 

だから中学に入学して吹奏楽部を選んだのも当然のことで、トロンボーンを志望したのも当然のことで、ピアノを続けることにしたのも当然のことだった。

結果パーカッションに配属されたけど。

ちなみにピアノは高2まで続けた。受験を考えてやめた。でも多分、私がやりたいのってこういう音楽じゃないなっていうのは当時から薄々感じてた。

 

 

パーカッションに配属されたのは1つの転機だった気がする。今思えば。

別にうちの中高は吹奏楽の強豪校なんかでは全くないけれど、小学校での吹奏楽部とは天と地ほどの差がある世界だった。先輩には怒られるし、油断すれば後輩に抜かされる。挨拶できないとミーティングで注意され、無断欠席したら呼び出し。オーディションでは下剋上が普通に起こる世界。

でも皆のモチベーションが同じくらいだったので、負けず嫌いで向上心だけはある私にとってはそれほど苦しい環境ではなかった。寧ろ、練習してる方が浮くような小学校の吹奏楽よりも過ごしやすかった。

パーカッションの方々は個性的で、皆それぞれ得意楽器があった。それと他のパートとは違って、出れる曲数が限られていた(曲によって必要な楽器数が違うので)し、1人が1つの楽器を担当するので、責任が大きいパートだと思ったなあ。例えばトランペットとか、大人数でパートを振り分けるから自分と同じ動きをしている人が少なからずいるんだけど、パーカッションにはそういうのが基本的になかったってこと。

 

吹奏楽のそんな環境、そしてパートならではの責任の重さとやりがいから、必然的に練習量が増えた。というか、練習しないとやっていけなかった。練習すれば上達するから楽しかった。そして、うまくできないと落ち込むよりも悔しい、練習して次こそはと思うことの方が多かった。(私のポジティブさはここで生まれたのでは?)

自分は初心者で何の才能もないし、先輩も同期もめちゃ上手いし、人一倍練習しないとダメだと思った。朝は7時半に学校に行って基礎練をやり、放課後もHR終わったら即部室に行く生活。こんな生活を5年間も送ってたら、音楽をやらない生活というものが全くイメージできなくなってしまいました。好きとか嫌いとかじゃなくて、もう生活の一部と化してしまったような。

 

道徳かLHRかなんかの時間でキャリア形成みたいな授業があって、30個くらいの項目が並んでる中で、「あなたが生きていく上で欠かせないものを3つ選びなさい」みたいな課題をやったのを覚えてる。例えば「お金」とか「仕事」とか、普通はきっと選ぶと思うんだけど、私は当然のように「音楽」に丸をつけてた。

 

卒業してからの様子を見るに、そこまで深く音楽にはまってた人ってあんまりいなかったっぽいけどね。大学に入った私はまた同じように吹奏楽をやろうとした。

「途中で辞めるのはかっこ悪い。続けることこそ美徳」と思ったのもあるし、また本気で「何か」に打ち込みたいとも思った。「何か」は音楽以外に考えられなかったけど。

最終的には今の軽音サークルに入って、これまた中高時代の吹奏楽部との差に驚いた。

 

私は結構厳しめのパートリーダーだったと思う。というのは、先代でちょっとした問題が発生して、これは少し締めていかないと崩れると思ったから。あとちょうど私の代から打楽器の先生が着任したので、そのあたりもうまくやっていくのが大変だった。

基礎練は毎回やるようにしたし、朝練もできるだけ来るように言った。(吹奏楽部の怖いところ。「朝練は強制じゃないです。次の合奏で完璧にできるなら来なくてもいいよ」ってやつ)

パート練も大掛かりなやつをやるようになった。欠席等の連絡を徹底して、時々面談的なこともやった。良いか悪いかは別としても変えていかなきゃと思ってた。

 

 

そんな吹奏楽部を経てサークルに入ると、サークルの緩さに愕然とした。と同時に、こんなとこでやっていけるのかと思った。

1番不安だったのは、自分が本当はドラムが苦手だということ。

あとは飲み会多いし周りが暗譜してこないし「初回だから」で全部ごまかすしそもそも曲聴いてこないし練習してこないしetc.といった諸々。「自由」なのは良さでもあり悪さでもあるなと思った。今までモチベーションがある程度高いラインで統一されていたから、与えられたものを練習するのは当たり前でそれ以上すら求められるのが普通だったけど、それが当たり前ではないこの環境では自分のモチベーションを相手に強いることはできなくて。

「こうしたらいいのに」とか「ここが悪い」とか頭ではわかっていても口にすることができなかった。入ったタイミングが皆よりちょっと遅かったっていうのもあるけど、それ以上に意識の違いを感じてしまって、周りに厚すぎる壁を作ってしまった。

 

自分はやたら意識高いし練習好きだけど、それは嫌々やっているのではなく、習慣というかそういうものだと割り切ってやってるから、褒められるに値するものではないと思ってて、でも周りからは「練習していて偉い」みたいな扱われ方をされるのも何か違うなあと感じていた。それに多才でも何でもないし。才能あったら練習なんてしない。

 

練習はそれなりにするし、だいたい初回までに暗譜してスタジオ行くからか、たくさんのバンドを引き受けたりもして、時には自分以外皆上手い先輩だったこともあって、負担に感じることもあったけど、それよりも「やってやろう!」って気持ちになることの方が多かった。プレッシャーを感じないというか、前向きすぎるというのか…。

吹奏楽部の頃を思い出して楽しかった。

一番初めに心から楽しめたのは言わずもがな、BUMPバンド。

そして、学年の代表バンドに入ってからはより一層楽しくなった。演奏することが楽しいと思った。もっと正確に言うなら、皆と演奏するのが楽しいと思った。

 

数え切れないほど辞めたいと思ってきたけど、もう少しここにいてもいいかなとも思った。それでここまで来た。

私の生活において、音楽は当たり前のように存在していて、練習するのも演奏するのも日常の一部分みたいなものだった。

だから、普段ごはん食べるのが楽しいとか、寝るのが楽しいとか思わないのと同じように、音楽をやることが楽しいということに気付かなかった。

こうやっていろんな環境の中で、それぞれの形で、いろんな人と音楽をやってきて、その楽しさを発見できたんだなあと思う。

 

 

 

 

 

私にとって「音楽」とは、「演奏すること」とは何なのか。

 

 

 

 

私が何よりも好きなことであり、何よりも楽しみを見出せることであり、生き甲斐であり、自分にとって最も大切なもの。

いろんな楽器に触れて、いろんなステージに立って。

21年間生きてきて、その所々には必ず音楽があった。物心ついた時から、私は音楽と一緒に生きていた。

上手くできなくて悔しかったり、ハプニングに見舞われて思い通りにできなかったり、嫌なこともあったけどそれで辞めようとは思わなくて、

ただ納得のいく演奏ができた時の充実感と幸福感と達成感を追いかけていた。

もし音楽に触れていない人生だったらどうだっただろうと考えると、

音楽がいかに私の人生を彩り豊かなものにしてくれたのかということを実感する。

 

 

 

音楽を続けさせてくれた周りの皆さん、一緒に演奏してくれた方々、聴いてくれた方々。本当にありがとうございました。

 

 

 

引退しても、就職しても、恩返しをするまで音楽と関わり続けたいと思います。私は世界一音楽が好きな自信があるから、絶対に何があっても嫌いにはならない自信があるから、大丈夫。

 

 

願わくば、サークルの仲間も、吹奏楽時代の友人も、他の友達も皆、

程度はどうであれ、ずっと音楽を好きでいてほしいなと思います。

私の知り合いはほとんど音楽関連で知り合った人だから、余計にね。

 

 

 

また皆さんと演奏できる日を楽しみにしています。

 

 

 

 

前回に引き続き引退間近ということで。

 

私は中学高校とパーカッションに打ち込んできました。

パーカッションとは打楽器のこと。

簡単に言えば小太鼓、大太鼓、シンバル、タンバリンとかトライアングル、アフリカの方で使われてそうな太鼓とか木琴鉄琴などなど、いろんな楽器を担当するパート。

 

当初希望して入ったパートではなかったけれど、すぐに夢中になりました。

私は音楽が好きで演奏するのが大好きだけど別に大した才能はないし、

家族親戚は皆バレーボール関係に所属していたので、音楽をやるのにとりわけ恵まれた環境で育ったわけでもなかった。

だから初めはスティック(バチ)の持ち方から叩き方、手の動かし方とか、基礎事項から徹底的にやりました。譜面とかリズムは読めたけど、打楽器の譜面は独特でびっくりしたのを覚えてる。

中高合同の部活だから一番上の先輩は4つ上で怖かったし、1年なんて初めは合奏にも勿論出させてもらえないからずっと廊下で1人で机と練習台とメトロノームと向き合ってた。

昔から地味な練習は好きだったからあんまり苦ではなかったけど。あと1人が好きだったから放って置かれるのは気が楽だった。

2つ上の先輩たちがすごく上手で面倒見もよくて好きだったなあ。あんな先輩になりたいなと思いながら雑誌にガムテープ巻いたお手製練習台をひたすら叩いてた。

初めてもらった楽譜はトライアングルで4小節くらいの出番。そんなもんだよね部活って。厳しいんだよ音楽って。

 

 

同期が1人いて、こいつが本当に部活にも来ないわ、練習はしないわで困った奴だったんだけど、私の何倍も上手かった、というか飲み込みが早かった。

才能ってこういうことかと思った。

 

絶対負けたくなかったから、私はめちゃくちゃ練習した。努力だけは人一倍したと思う。

今思い返すと典型的な「才能VS努力」 の構図で面白いな。

 

 

しかしパーカッションの良いところは「いろんな楽器を演奏できる」ところだったので、早々にしてフィールドを変えました。得意な楽器で勝負できるのがパーカッション!

彼は打楽器全般(鍵盤以外)、私はティンパニ中心の担当。

高校から入った1人は鍵盤が得意だったのでいい感じのバランスだったね。

 

ティンパニというのはオーケストラでよく見るだいたい4つくらいの、円状に並べられた大きい低音の太鼓。面白いのは太鼓なのに音程がちゃんとあるところ。

あと感情がストレートに音に表れるところ。

マレットという特別なバチを使って叩く。

 

私が入った時はティンパニ人員が不足していてコンクールなどでも困るので、

とりあえずやってみることにした。

ティンパニがどれくらい知名度の高い楽器なのかはよくわからないんだけど、私は「上級者がやる難しい楽器」っていうイメージを持ってたからちょっと嬉しかった。

(実際ティンパニ奏者はオーケストラの中でも給料が1番高いらしいからそういうことなんだろう)

 

初めて外部で演奏した時は中2で、酷評された記憶。しかしめげずにコンクールとかアンコン(アンサンブルコンテスト)とかはずっとティンパニで出てた。

音大に誘われた時も、ティンパニがきっかけだったんだろうと思う。

 

最後のコンクールだけ、オーディションで負けたのでティンパニではなく打楽器(Tom-TomとかS.CymとかTam-TamとかBD)で出たけど別にあんまり悔いはなかったな。

寧ろこの打楽器のパートを得るにあたり、同期と後輩1人と戦って勝ったものだったので嬉しかった。男子2人に力技では絶対に勝てないから、表現とか叩き方を自分なりに徹底研究した結果が表れたのが達成感につながったというか。

 

そうこの時に奴とぶつかったんだった。希望楽器が。

で私が勝ったんだ。でも奴は違う打楽器パートで受かったから一緒にコンクール出たんだった。しかし相変わらず練習全くしないくせに上手くて腹立ったな。

 

 

だいぶ話が逸れてしまったけど、私はそんな才能に溢れた、努力の姿をかけらも見せない奴と5年間やってきたんですって話。

 

 

ティンパニ中心にいろんな楽器をやってきたけど、やっぱりドラムは憧れだった。

私の部活では中3以上じゃないとやってはいけなくて、いつかドラムやりたいなと思いながら過ごしていた。

で中3になって初めてドラムを教えて貰った時、ビックリした。

 

 

「全然できない」

 

 

ドラムをやったことのない人がよく言うことなんだけど、「手と足をバラバラに動かすのが難しい」。

私は初めてドラムの椅子に座った時、本当に、全く、8ビートすら叩けなかった。

右手と左手、それに足がどれかにつられてしまう。

しかも実は中2の時に割と右足に大きな怪我をしてしまい(松葉杖生活約3か月、しかも多分もう元には戻らない怪我)、足が全然動かないし痛い。

8ビート叩けるようになるまでどれくらいかかったっけ?日単位ではなかった。少なくとも2週間とか月単位だな。才能とか微塵もない。

 

失望しかけたけど、憧れてたし、叩けたら絶対かっこいいと思って、朝誰もいない音楽室でこっそり練習してたなあ。初めてやったドラムの曲は「ドラム」っていうよりも「タム」って感じの曲だったからまだやりやすかったけど、普通のポップス系の曲は難しかった。先輩が文化祭のバンドでやってた『ロストマン』がかっこよくて耳コピしてたな。ちょうどBUMPを聴き始めた頃。

 

ドラムに初めて触ったのが中3くらいだったけど、私は吹奏楽時代はあんまりドラムを担当してこなかった気がする。

奴の方がね、何倍も上手かったんですよ。フィルインもめちゃくちゃ綺麗に入れてくるの、即興で。あとありえないようなタム回しとかするの。敗北を確信した瞬間だった。

しかし奴は部活はおろか学校にもろくに来なかったので、私は彼が休みの時の合奏で代わりに彼担当のドラムを叩く、「代理ドラマー」としてドラムをやってました。

現在曲を速攻で覚えられるのも、譜読みが早いのも、「それっぽく」演奏するのが得意なのもきっとこの「代理ドラマー」をやっていたおかげだ、そうに違いない。

 

 

でもな、パートリーダーなのに代理ドラマーなのかよって感じだな。悔しいね。

結局ドラムは大して上手くならなかった、吹奏楽時代は。

 

 

大学入って、すぐに軽音サークルに足が向かなかったのは、きっとそういう「ドラムに対するコンプレックス」的なものがまず脳裏をよぎったからだと思う。

右足も全然言うこと聞かないし痛いし(実は今もです。結構しんどいよ笑 でも怪我のせいにしたら負けだと言い聞かせてる)。

私はドラム単一の路線より他の打楽器がある環境の方が向いていて、出来るならそっちをやりたいと思ったから。

 

でも落とされてしまったのでそれどころではなく、まあ不得意だけどドラムやるかと。

で軽音サークル見に行って吹奏楽やってたって言うと流れるあの空気。

 

「吹奏楽にいた=ドラム経験者かつ基礎練きちんとやってきたから上手い」

 

本当に期待しないで欲しかった。できないって言っても全然信じてくれないし。

「基礎練はやってきたけどドラムは向いてないんだって。タム回しすらろくにできないんだって。初心者としてカウントしてくれ。」と思いました。

 

吹奏楽と軽音のドラムは全く同じではないけど、全く違うわけでもなくて、基礎練が役に立った場面はたくさんあった。あと私は叩く時に無駄な力が入らないよう訓練されてたので、練習しても腱鞘炎になるとか皮がむけるとかそういうことがほぼなかった。

やり始めるとやっぱり面白くて、ちょっと叩けるようになるともっと面白くて、結局あんなに苦手意識を持っていたドラムにはまってしまった。

 

ドラムの面白いところは、責任感の大きさじゃないかと思う。テンポを決めるのに大きな役割を持っているし、テンポは曲の出来に直結する。

[Alexandros]のサトヤスさんが「ドラムってコックピットみたい」って言ってたけどまさにそんな感じ。

あと自由にフィルインを組めるのが楽しい。楽譜に縛られないところが好き。

 

 

サークル入っていろんな曲をやってきたけど、100%上手くいった、納得いく出来だったと思うことはほとんどないし、毎回自分の実力のなさを突きつけられる気がする。

楽器ってそうだよね。

私は「好きなものに関しては」やたら上昇志向だから1人反省会とかよくやるし、練習も部分でやったりイメトレしたりなんかいい方法ないかググったりいろいろやるんだけど、どんなに頑張ってもきっと「今この場に奴がいたら、絶対に私よりも上手く演奏できてるんだろう」と時々思ってしまう。私はどれだけ練習したってNo.2にしかなり得ないんだなあと。

でもここで負けるわけにはいかないと思い直して頑張るけどね。「音楽に勝ち負けはない」が持論だけど、「負けたくない」とか思ってしまう矛盾。

 

 

実は吹奏楽部を引退する前に奴を裏切って(と私は思ってる)しまい、その後いろいろあって連絡先も今なにしてるのかもあまり知らないで今に至るのですが、きっと今までめげずに向上心を持ち続けてこれたのは奴の存在もあると思うな。Special Thanks!

まあ生きてればいつか会えるんじゃない?そしたら謝ろ。

 

 

結局、私はパーカッションが大好きだったし、今やってるドラムも大好きです。

中学生の頃からは考えられないほど上達したと思うし、大学入ってからドラムは飛躍的に上手くなったと思う。

全然思い通りに出来なくて辛いこともあるけど、そういうのも含めて、私は心の底から打楽器が大好きです。おしまい。

 

 

 

 

 

 

 

あと1週間後にはサークルを引退しているんだなあ。

 

とふと思ったので雑記的に。長いよ。

 

 

 

2年半、あっという間だったような長かったような。

 

私はもともとこのサークルに入ろうと思ってたわけではなくて、

ずっと続けていた吹奏楽を大学でも続けようと思った。

なんで続けようと思ったのかというと、はじめに知り合った友達が吹奏楽経験者で、

一緒に行きやすかったから。

それと自分が中高で身につけた打楽器のスキルをあまり劣化させたくなかったから。

それが何の役に立つのかとかはわからないけどね。

練習大好きだから5年間朝も放課後も休みの日も練習を続けたし、オーディション勝ってコンクールにも毎回出れたし、パートリーダーもやったし、先生に音大(器楽科)も勧められたし(断ったけど)。

そこまでやってきたからどうせなら続けたいと思った。打楽器が大好きだった。

 

 

しかしまあ現実は甘くなく、書類で落とされたわけです。何でだろ。

思い返せば小学生の時も中学に入った時も希望の楽器に配属されたことはなかったな。

でも今回は団体に所属することすら拒まれてしまった。

しかも新歓期間終わっちゃったしどうしようと考えた結果、今のサークルにたどり着いたのです。

軽音系のサークルを選んだのは、この際ドラムだけでもいいから楽器を続けたいと思ったからで。

このサークルを選んだのは聴く音楽の系統が1番近かったから。

 

 

その選択が正しかったのかはよくわかりません。

正直「体育会系文化部」と一般的に呼ばれる吹奏楽部でずっと生きてきた人間にとっては音楽に対する姿勢が緩すぎると思うことも多かったし(そりゃサークルなんだから当たり前なんだけど)、

音楽の話とか通じないことも多くて歯痒い思いもしたし、お酒も全然飲めないから飲み会も好きじゃなかったし。

 

でも周りの人は個性的で寛容で過ごしやすい環境であったことは確かで、人間嫌いを極めている私でもその場にいて苦にならなかったのは大きい。(私喋んないけど)

それに自由度が高かったのと、自分が得意なことで貢献できる機会が多かったのもありがたかった。

本来のパートはドラムだけど、キーボードやったりアコギ弾いたりすることが許されてて、打ち込み使った演奏とかSE的なもの作ったりしても受け入れてくれて。

あと新歓の看板作りとか文集作りとか会員証作りとか、いろいろやらせてもらったな。

全部楽しかったです。

 

 

 

前の話に戻るけど、私が音大を勧められて断ったのは金銭面が大きい。

でももう一つ大きい要因があって、「私が本当に『好きな音楽』ってなんだろう?」って考えた時に、「譜面があって分担されててその通りに演奏すれば形になる」音楽よりも、「ある程度自分でアレンジができて、自分で作った!という手応えが得られるもの」の方が好きだってことに気付いたからなんだよなと思い出す。

ピアノを習っていたけど、ショパンみたいな著名な作曲家の著名な曲を譜面見ながら弾くよりも、適当に耳コピしたゲーム音楽やJ-POPを弾く方が好きな子だった。

もちろん著名な曲や誰かが作曲した曲を演奏する時だって、その人によって

解釈は異なるし、演奏者によって曲の最終形は変わるのは百も承知です。

でも、もっと根幹から「自分の音楽」を表現したいなと思っていた。

 

別にこのサークルだって作詞作曲サークルじゃないし、普通に譜面見て演奏するんだけど、バンドの方が融通が利くというか、例えば「前奏を伸ばそう」とか「曲の繋ぎはライブっぽくしよう」とか「この曲には同期音源入れて、どうせならもっと雰囲気を出そう」とか、より少人数で意思疎通が図れるし、譜面通りにやらなくても完成度の高いものができる。良いにせよ悪いにせよ、1人当たりの責任が大きくなるから、うまくできた時の感動が大きい。

そういうのが楽しかった。「音楽をやっている」って肌で感じる瞬間だった。

 

 

ピアノを4歳から習って、小学生でトロンボーンをやり、中高でパーカッションをやり。

やった楽器の種類も多いけど、ステージに立った回数も相当だと自負してる。

ピアノの発表会、吹奏楽の演奏会、マーチング、コンクール、合唱祭、時々オーケストラの手伝いもしたなあ。

でも毎回「顔が暗い」「もっと表情に出して」「楽しそうに演奏して」と言われてきた。自分では楽しんでるつもりなんだけど。

 

そんな私がこのサークルに入って、2年目の夏合宿、初めての学年代表バンドのライブが終わった後、先輩に「すごく楽しそうだったね」と言われた。

初めてそんなことを言われて、びっくりしたと同時に本当に嬉しかった。

その前に組んだバンドでも、本番楽しくて、練習中に打ち合わせのなかった終わり方ができた。全員が通じ合ったような気持ちになったことがある。あの時も心の底から「音楽が楽しい」と思った。

その他にもまだたくさん、いろんな思い出があるなあ。

 

もしかしたら本当の「音楽を演奏する楽しさ」に気付いたのは、そして体感するようになったのは、このサークルに入ってからなんじゃないかなと思った。

 

それはサークルの環境、そして周りの人のおかげだなあとつくづく思う。

バンドにせよグループにせよ、1人ではできないからね。

 

そして、今までよりもずっとずっと音楽が好きになったのも事実。

 

 

この事実だけで、このサークル入って良かったなと思うよ、今は。

引退前の綺麗事だし、実際ここまで何百回何千回辞めようと思ったけど。

 

それにこうやって続けてきて、スタジオで苦悶したり、ライブで一緒に演奏したり一緒に聴いたり、はたまた溜まり場でのんびりしたりレク的なイベントに参加したり、

そんな「大学生時代の思い出」が作れて良かった。

 

 

引退したらどうしようか、しばらくは顔出せないかな。(論文!)

でも編集とか録音とかはやらなきゃ。

引退までに187曲やったらしいけど、まだまだやり足りない曲、たくさんあるんだよね。BUMPとか。

追いコンも誘われてるから練習しなきゃね。

引退後もまだまだ続きますな。

で、自分が卒業する時の追いコンもあるし。

 

卒業したらどうしようか。でも音楽辞めたくないから何らかの形で続けたいな。

私は一生音楽と関わって生きていきたいと思っています。

関わり方って別に職業とかプレイヤーじゃなくとも色々あるから。

ずっと助けてもらってきた、自分の一番身近にあった、いつも力をくれた「音楽」に恩返しをしないと死ねないので。

 

随分先の話まで広げてしまった。

 

 

 

とりあえず、水曜日、頑張ります。17曲、1曲たりとも手抜きは無しで。

最後に笑って終われますように。明日から3バンドそれぞれ、残りの練習は2回ずつかな、ラスト頑張ろう。

 

 

現役のスタジオがもう最後とか寂しすぎるな。

あれだけ辞めたいと思ったのに実際その時が来ると寂しいものですね。

 

 

引退したくないね。

 

 

11/16に[Alexandros]のライブに行ってきました!

 

実は初めての横浜アリーナでした笑 遠かった。

 

今年はBUMPも日産スタジアムでやったし、横浜に行くことが多い1年でした。

 

『We Come In Peace』というツアータイトルは、

日本語にすると「我々は友好的にやってきました」というSF映画なんかで宇宙人が言うセリフなんだそう。で、友好的なフリして制圧していくという笑

 

ドロスらしい感じですね、この攻撃的な感じ。

 

新アルバム『EXIST!』は週間オリコンチャート1位を獲得しました。

このアルバム、本当にすごいアルバムなんです、そのうち記事にします。

 

 

ライブは本当に楽しくて、かっこよくて、感動しました。

ツアー1本目のライブということで、勿論セトリ等前情報が一切ないので、

純粋にドキドキしながら聴きました。最強のロックバンドだなあと。

 

ネタバレ禁止なので詳しいことは一切言えませんが、すごいです本当に。

ここまでやってくれるかっていう。素晴らしいセトリ。

 

一切内容に抵触しない範囲で個人的な感想を述べると、

ステージ衣装の変わった磯部さん、めちゃくちゃかっこよかったです。

 

これから行かれる方は楽しんできてください!

かくいう私もZepp Tokyo行くんですよね!

その頃にはまたセトリ変わったりしてるのかもしれませんが、

何よりライブハウスで聴く良さを楽しみにしています!!実は大きい会場でしか見たことがないもので…。

 

彼らの音楽、聴けば聴くほど魅了されてしまいます。大好きです。

 

 

 

今日、サークルの代表バンドで演奏してきました。

私的にはなかなか思い入れのあるライブになった気がする。

まず、反省点。いつも出来てたところを間違えたし、最後の曲でスティックを落としてしまった。

練習で1番全体的に難しかった曲が1番できた気がする。本番ってそんなもんだよね。

私は別にスティックを落とそうが間違えようが、あんまり引きずるつもりはないし、「まあそんなこともあるか」くらいの気持ちだから大して落ち込んではない。寧ろ少しは落ち込めよってくらい。

私は良くも悪くもめちゃくちゃメンタル面が強いし前向きだから、別に一回や二回失敗したところで問題は無い。

過去にもっと酷い失敗をもっと大きい舞台でやったこともたくさんあるしね。

ただ落ち込むよりも悔しい。演奏中にこれはまずいかもってところまで判断出来たのになぜ強行したのか…。
とは言え最後ちゃんと持ち直したから良かったとは思う。失敗の中にも良かったことを見つけていかなきゃ生きてけないよな。


私は有難いことにいろんな楽器でいろんなステージを経験してきたけれど、自分が上手いなんて一度たりとも思ったことはない。完璧に出来たこともない。思いつくのは反省点と失敗ばかり。演奏中にはどんなに失敗しようが迅速に切り替えなきゃいけない(し、その切り替えの早さには自信がある)。失敗を引きずったら、終わると思っていつも演奏している。音楽は刹那的なものなので。


そんなんで今日も今日とて反省点しかないなと思ってステージを下りたわけです。
ちなみに演奏中は世界一上手いつもりでやってます。

このメンバーでは1か月後にもライブをするし、まあ次頑張ろうみたいな話をしてた。今回に関しては機材の不調もかなり影響していた(所謂「返し」が一切聞こえない等)から、どうしようもないところはあった。


今日は一般開放をしていたので、母と祖父母が観に来てました。家族が私のライブを観るのは今日が初めて。
なのに納得いく演奏できなかったのは申し訳ないし悔しいなと思った。

片付けとかもあったから軽く話して家族は出てった。
私の家族は親戚含め、私以外全員体育系で、音楽の出来る人はおろか文化系の人すらいないんです。
だから初めて観た軽音のライブにびっくりしてるみたいだった。


帰宅したら祖母が電話してて、「上手くて驚いた」とか「あんなに演奏できるなんて、一緒に住んでても知らなかった」とか言ってた。相手は父方の祖母。彼女も今日観に来てくれたんだけど、驚いたみたいですごく褒めてくれた。

母は動画を撮っていて、一緒に観た。
「よく叩けるね」「上手じゃん」「上手くなったね」って言ってくれた。

そうやって家族に言ってもらえた時、今まで失敗したなとか反省だなとか思ってたことがどうでもよくなった気がした。
勿論家族だから色眼鏡を通してるのは百も承知だけど。

私が今まで1番認めてもらいたいと願っていたのは家族かもしれないなと思った。

前述したように、家系に音楽系列がほぼいない私の家。私は私のフィールドで戦ってるってことをずっと見せたかったんだと気付いた。

私は軽音サークルでドラム叩いてるような見た目の要素を何一つ持ってないので、大体「本当に叩けるんだ!」みたいなリアクションが多い。家族もそんなリアクションだった。やったぜ。


私には弟がいて、当たり前だけど弟の方が可愛がられてた。兄弟にありがちなやつ。
特に母は男の子を可愛がる。
性格も真逆で、私は努力家だけど要領が悪い、弟は要領よくて甘え上手だからそりゃもう…。

だから今日、褒められて、認められた気がしてすごく嬉しかった。
昔から音楽に打ち込めるのは、その分野に精通している人がいないが故に、家族皆が肯定してくれるからというのもあるだろうなとは思ってた。今回もまさしくそんな感じだ。

家族からの「良かったよ」の一言がずっとずっと欲しかったんだ。




うーん。今日1日で本当にいろんな感情になった。でもとりあえず「やって良かったな」とは思う。
まだ最後のライブが残ってる。最後まで全力で。今日上手くいかなかったところ、絶対リベンジしてやる!!でもっともっと良い演奏をしてやる!!!!!