私が住んでいる通りは車の通りが少なくて、幼い頃はよく道路で遊んでいました。

今はもう住宅が立ち並んでいるけれど、10年前には田んぼや空き地や資材置き場がたくさんあって、遊び場には困りませんでした。

 

空き地で虫を捕まえたり、柿の木の下に秘密基地を作ったり、鬼ごっこやかくれんぼやキャッチボールなんかをして過ごしていたんです。

 

1日遊びまわったあとは、ちょっと歩いたところにある自販機で飲み物を買ってもらいました。お母さんからお金をもらって。

 

 

 

今日は一日中METROCKの中継を観ていたのですが、キュウソのセイヤさんが「外出ろやー!!!!」と叫んでいたので、散歩がてらコンビニまでチケットの引き換えに行くことにしました。

暑い。今日は夏でしたね、完全に。

私は夏が大好きなので、暑くなってくるととっても嬉しいんです。夏休みが近づいている感じがして。

コンビニまでは徒歩15分ほど。田舎なのでちょっと距離があります。

 

帰ってくる途中にちょうど昔使っていた自販機のところを通りました。家に飲み物もなかったので「何年ぶりだろう」と思いながら自販機の前に立ちました。

するとびっくり!意外と並んでいる飲み物が変わっていなかったんです。昔から好きだった梅の飲み物を買って帰りました。

 

 

 

人も街も変わらないところがちゃんとあるんだなと思いました。

10年前に遊んでいた友達はもうほとんどここにはいないです。秘密基地を作った場所も草むらの空き地も今は新しい家がたくさん建ってます。小学生の頃は小銭をもらって買っていた飲み物も、今日は千円札で買いました。

でも、私が夏が好きなことも、梅の飲み物が好きなことも、自販機のラインナップも変わってない。新しく建った家に住む子どもたちは、10年前の私たちと同じように、車の少ない通りで元気に遊んでいます。そんな光景も変わりません。なんとなく安心しました。

 

ちょうどこの時、KANA-BOONの『生きてゆく』という曲を聴いていたのも、偶然という言葉で片付けたくないくらいぴったりでした。変わるものも変わらないものも、受け入れて、この街で生きてゆくしかないんです。将来違う地で生活することはできますが、ここで生きていた記憶を消すことはできない。だからこの田舎で、何もない街と生きてゆくしかないんだなと思いました。

でもそれが不思議と悪い気はしませんでした。

 

私は生まれと本籍と育ちが異なり、しかも引っ越しも2回ほどしていて、出身を尋ねられた時になんと答えるのが正解なのかよくわからずに生きてるんです。でも、次出身を聞かれたら、胸を張って今住んでいるところを答えようと思いました。

 

 

 

 

 

 

先日とある友人が

「SNS映えという言葉が好きではない」という旨のツイートしていたのを見て思ったことを書いてみようと思います。

 

私自身は別にとりわけ「SNS映え」という言葉が嫌いということはありません。最近特にInstagramが大流行しているのを見ると、「SNS映えする製品や場所」が登場すれば、ユーザーが拡散し広告の役割を担ってくれるので、この要素はかなり重要なものになっていると言えそうです。

 

でも1個だけ気になるのが、「食事を写真で撮る行為」

 

 

いや、私も昔はよくやってたんですけど。最近「うーん」と思うようになったので頻度を減らしました。

例えば、SNSでの拡散を推奨している店舗だったら、全然問題ないと思うんです。寧ろ写真撮ってインスタでもTwitterでも載せて、お店の存在を、料理を、多くの人に知ってもらうよう、やった方がお店のためになると思います。

今日私が行ったお店も「ハッシュタグをつけてSNSに投稿しよう!」みたいなのをやっていたので、インスタにあげました。

私の経験上、アニメや映画、作家さんとのコラボカフェみたいなお店はそういうキャンペーンを打ち出している印象があって、それはまさしく店内も料理も「SNS映え」するからですよね。

 

でもそうではない、普通のお店で写真を撮るのってどうなんでしょう。

私は否定したいわけではなくて、あくまで「どうなんだろう」と思っているだけなので勘違いしないでほしいのですが。

 

 

私個人的に、今はあんまり好きじゃないなとは思います。これには理由があって。

 

写真に撮ってSNSに載せていいねをもらうまでが一連の流れっていう空気がありません?さすがにそこまではないとしても、写真を載せて思い出として形にしておくってことは、まあ料理に限らず誰でもそうだとは思います。

何が言いたいかというと、この場合の写真を撮るって行為は、ある意味自己中心的な行為だってことです。自己満足、あるいは自分のステータスを高めるための手段として料理を使ってるってこと。

 

私もそういう意味で写真を撮っていたところが少なからずあって、でもある時考えてみたんです。

料理を作る側にとって、これは最善の行動なのかと。

いやいや、なんでそんな提供する側のこと考えなきゃいけないのよ、こっちは金払ってんだから好きにさせろと考える方もいるかもしれませんが、それは違いますよね。

だって、お店でごはんを食べるって、コミュニケーションじゃないですか。料理を媒体としたコミュニケーション。コミュニケーションなら相手のことを考えるのは必須ですよね。

 

そこで私がたどり着いた結論としては、「きっと料理を提供してくれた人にとって一番嬉しいことは、写真どうこうじゃなくて、とにかく食べて、美味しいと思ってもらいたい(と思っているに違いない)」ってことです。だから写真なんか撮ってないで、さめないうちに食べるのがベストな行動だと思ったのです。

 

 

あとは、食べ物を食べ物以上のものとして見ているのがなんとなく嫌だなと思っているのですが、これはうまく言語化できませんね。うーん。

 

例えば、CDの写真を感想とともにSNSに載せるとします。この場合、音楽を聴いてからジャケットなりなんなりを写真に撮ってあげますよね。

あとはそうですね、動物園に行ったとして、動物を見ながら写真を撮って、あとでまとめてSNSにあげることが多いと思います。

でも、食べ物って、食べる前に写真を撮って、食べてから載せるという点で、食べる前から『人間が生きるのに必要な食物』以上の何かを見出そうとする下心が存在しているんですよ。多分。食べながら写真撮ったり、食べかけの写真載せたりする人ってあんまりいませんよね。なぜ味がわからない状態で、写真に保存する価値のあるものだと決めつけるのかってことです。(そりゃ保険でしょうけどね)

 

そして、これも難しいのですが、、

食べ物と他の、服やCDや動物館とは歴然とした差があって、そこは混同するべきではないという感覚があります。生命における必要条件だからなのか…?これもうまく説明できませんがわかってくれると嬉しいです。

 

 

 

「食べ物を写真に撮る」という最近の文化、当たり前にされていることかもしれませんが、結構奥深いテーマな気がしますね。みなさんはどう思いますか?

私もここまでつらつらと書いてきましたが、立場を明確にさせておくと、

「写真を撮ることにはあまり賛同しない。理由は、SNSどうこう写真どうこうといった自己満足のためでなく、作ってくれた人とのコミュニケーションの1つとして食事を捉えるべき。相手の誠意に応える最善な行為はとにかく食べることだと思うから。」

ってところです。

勿論、写真に撮る撮らないは自由ですので、撮りたい人は撮ればいいし、嫌ならやめればいいんです。料理を提供してくれた人の気持ちを蔑ろにする行為はダメですけどね。

それでは。おやすみなさい。

 

 

何もうまくいかないなって日が時々あるじゃないですか。今日はとことんついてないな、何をやってもダメだなって日。

 

まあ今日がまさしくそんな日でした。

でも、そんな日だからこその発見がある。

イヤホンから流れてきた

「君は何を言いたくて この街に居座ってんだろう

 この歌も捨て 自らの言葉と身体で生きていけ」

って言葉にハッとなったり、

「僕にしか伝えられない事 君にしか伝わらない事

 全ての人に伝える事 出来ないだろう」

って歌詞に頷いたり。

 

どんな日でも音楽と一緒に生きてるんだなあと気付かされました。

よーし明日からも頑張るぞ!

 

 

最近ははてなブログの方を更新しがちなのでそちらもぜひ読んでくださると嬉しいです!!↓

Sound Good!!

 

 

 

 

 

 

 

 

つい先日、ずっと観たかった『3月のライオン』の映画を観てきました!

前編は先月より、後編は4月22日より上映開始です!

今回は感想を、極力ネタバレしないように書こうと思います!

めちゃくちゃいい映画なので、気になった方はぜひ足を運んでみてください!!

 

 

私は映画を映画館で観ることがあまりなくてですね…2年半ぶりくらいに映画館で映画を観ました。なんか緊張した…。映画館は池袋のシネマサンシャインです。

 

 

そもそも私がなぜこの映画を観たのかというと、それはもう、

原作の大ファンだから!!

羽海野チカ先生の作品がすごく好きなんです。人間味溢れる登場人物に意図せず感情移入してしまい、気づけば虜になっている…素晴らしい漫画家さんです。

そして昨年から今年の3月までNHKで放送されていたアニメも、本当に大好きでした。家族揃って毎週楽しみにしていました。先週金曜日から再放送がEテレで行われていますのでぜひ!私も観てます!!

 

私が原作を読み始めたのが去年だったので、アニメの進行との相乗効果でずぶずぶとはまり、気付けば『3月のライオンカフェ』に行ったり、

 

{4AB09E47-3BE6-4B92-A936-D26B91546FAE}

舞台となっている千駄ヶ谷近辺を散策したりする始末。

 

{8577738A-7783-4734-B2D8-90D7E5DFD1AF}

{32511BD1-FC41-4360-8B31-016322F56874}

 

 

そんな、私自身が大大大好きな『3月のライオン』が実写映画化するということで、これは見に行かなくては!と思いました。よく「漫画が実写化するのはちょっと…」という意見を耳にしますが、キャストが発表された時点で、ミスマッチはほぼないだろうと確信していたんです!

あと私があまり俳優さん女優さんについて詳しくないし映画も素人なので…その辺の心配はなく楽しめると思ったんですよね。

 

 

軽く『3月のライオン』を説明すると…

 

と羽海野チカ先生が仰っています!主人公・桐山零が将棋を通して様々な人と出会い、成長していく物語、とでも言えば伝わるでしょうか?

 

 

さて、前置きが長くなりましたが、感想を!

 

まず映画の時間が結構長いんですね、2時間以上あります。

でも、全く退屈しなかった。どころか、話が進むにつれて瞬きをするのすら惜しいくらい、入り込んで観ていました。

何がそんなに熱中させるのかなあと考えていましたが、どなたも言う通り、対局シーンの迫力だろうなあと。これも観た方は必ず言うと思いますが、後藤と島田さんの対局(ごめんなさい私島田さんの大ファンなんです、呼び捨てにはできません)
おやつタイムですら睨み合う、あの緊張感溢れる一戦は国宝にしたい!!戦う棋士たちの気迫がスクリーン越しにも伝わり、こちらも熱い気持ちになります。

一応言っておくと、将棋全くわからない人でも全然問題なく楽しめますよ!!

 

あと、これも定石の賛辞かもしれませんが、棋士の、和服が、ヤバい。語彙力を失う美しさと色気ですよ。これは観た方がいい。これだけで元は取れます。

宗谷名人、島田さん、後藤の和服姿(それぞれ加瀬亮、佐々木蔵之介、伊藤英明)、

必死に考え、何かを背負って戦う姿がこの上ない眼福。全女子、必見だから。おっさん(失礼)の戦う姿、マジでヤバいから。

 

棋士の話で言えば、幸田さんの複雑な心境も、想像するだけで苦しくなってしまいました。幸田家の話は原作よりも多くピックアップされているように感じたので、余計辛かったです。川本家と対比してしまうからでしょうね…。

 

…とこれでは私がおじさん好きみたいな感じになってしまうじゃないか。

ここで若い人たちの話をしましょうね。

神木くんは周りの女子が騒いでいるので勿論知っていましたが、映画観て「…本当にすっげーや…」と度肝を抜かれましたね。ほ、本当に桐山零じゃないか…。特にあの叫ぶところ。圧巻でした。後編ではどうなるんだろう…零ちゃん、物語を追うにつれて成長していくので楽しみです!

あと、二海堂!!最高すぎる!!漫画から飛び出してきたかのようでした。特殊メイクを使った見た目は勿論ですが、内面の熱さがもう二海堂。後ろに座ってた男の子がエンドロール見ながら「えっ…!?染谷将太なの??」って言ってましたが、知らないと全く誰なのかわからないです、二海堂でしかない。

ひなちゃんが川ベリに行くシーンはつられて涙しましたし、モモちゃんの可愛さも胸がいっぱいになります。あかりちゃんは本当に優しい…。川本3姉妹が描かれる部分は将棋のシーンと対照的に、喜怒哀楽様々な感情で満たされる印象を受けました。

 

もう一つ、私が驚いたのは香子ですね。香子は将棋においてもそれ以外でも荒々しい気性の持ち主なんです。そんな香子を演じたのが有村架純

初めのキャストを見た時に、「有村架純が香子??」とここだけ少し疑問に思いました。有村さんってすごく清楚で明るい女優さんのイメージがあって、ちょっとグレ気味の香子とは合わないんじゃないかと思ったのです。

でも、そんなイメージのギャップを見事に埋め合わせる演技でした。毒針でも装備してるような刺々しい空気を纏って、零を悪魔のように翻弄する、その実繊細さと不安を秘めた、まさしく香子でした。八つ当たりしたり口論したりするシーンも見物です。鳥肌が立ちましたね。女優さんってすごい…。

 

キャストさんが素晴らしすぎるというのお話を長々してきましたが、それだけではありません。

私は最後まで観て、「原作を本当に大切にした作品だなあ」と思いました。

これはキャストさんによるところも大きいですよね。「漫画から飛び出してきたかのような」キャストさんや演技がすごく多いんです。本当に漫画の「実写」を観ているよう。3次元の漫画『3月のライオン』と言ったらわかりやすいでしょうか。

そして、ストーリーが原作に忠実であるところ。勿論現在12巻まで出ている全てを網羅することは難しいのでオリジナルの要素もありますが、それが原作を阻害することがないのです。

さらに、漫画で散りばめられていた登場人物の言葉や心情が、そのままセリフとして使われているところ。これは原作ファンもアニメファンも楽しめるポイントだと思います。映画で初めて観た人でも印象に残るような言葉で、十分楽しめます。原作やアニメを知っている方なら「あっ、これはあの部分の…!」となり、また違った楽しみ方もできるんじゃないかななんて思っています。

 

原作もアニメも映画も、元が同じというか、芯の部分を共有しているというか、それぞれが独立した作品なのではなくて、ちゃんと同じものを目指している、同じ方向を向いている。そんな映画です。

 

 

さて、そんな『3月のライオン』、あと少しで後編の上映が始まるという事で、前編を観ていない方はぜひ映画館に足を運んでみてください!映画初心者の私でも物凄く楽しめました!!原作・アニメを知っている人も知らない人も、引き込まれる映画だと思いますので!!

 

 

最後に言わせて。島田さんは登場シーンから島田さんそのものすぎて笑ってしまいました。ありがとうございました。幸せでした。島田さんに幸あれ!!

『3月のライオン』、最高です。ぜひ!!

 

 

4月3日、月曜日

ということで今日から新しい職場や学校に通うことになっている方がたくさんいらっしゃると思います。おめでとうございます。私も来年は新たな環境でスタートする(はず)のでちょっとドキドキしています。

 

かくいう私の家族も、弟が今日から大学、父が新たな職場ということで。

新しい生活が始まるんだなあと静まり返った家でぼんやり、

バイト先で頂いた小枝を食べながら考えていた次第でございます。

 

 

まあ新生活って言ったってあんまり私がどうこう言うことはないんですけど。

大学2年になった子がTwitterで新しく入学する子に「大学生は〇〇だから」「何何しといたほうがいいよ」みたいに、先輩ぶって啓蒙している姿を見て面白いなと思ったりしてますけどね。

「たかが1年違うだけなのに偉そう」これが生徒・学生の世界なのである。

 

 

私は大学入った時、まだスマホを持ってなくて、Twitterもやってなかったので情報も友達も0スタート。しかも第三志望くらいの学校だから正直あんまり学校に通うことになった姿を想定していなかった。それでも初日に声かけて親しくなった子たちとは4年になる今だって変わらず付き合いが続いているわけで。サークルだってちゃんと見つかったわけで。フル単続きで三卒(※3年で卒業に必要な単位を全部取り終わること)も決めたし、別に全然大丈夫だから。

そんなに緊張しなくてもいいし、マストだと言われたことはその人にとってのマストでしかないから自分のやりたいようにやればいい

と思います。

志望する場所じゃなくたって平気。住めば都です。

 

 

1つ僭越ながらアドバイスをするなら、これは自分の経験上の話でしかないけれども、

「新入生」のうちにいろんなことに挑戦した方がいいと思う。

 

新入生のうちって、根拠のない無敵感がありません?わからないことは何でも聞けるし教えてもらえる。今まで受験とか部活とかで出来なかったことを始めるチャンスもある。新しい友達を作って交友関係を広げることもできるetc.。

 

私は大学受験終わってすぐにバイトを始め、(超絶コミュ障ながらも)友達を作り、SNSやブログを始め、音楽サークルに入ったんですけど、今までの21年の人生を振り返ったところで、これだけアクティブに前向きに「いろんなこと、やってやる!」っていう全能感と意欲に満ち溢れていた時期ってないかもな…と思ってます。

 

やりたいことが見つかったらどんどん飛び込んでった方がいいに決まってるんですよ。それは2年生だろうが3年生だろうが変わらないんですけど、凡人にはいつでもその勇気が備わってるわけではない。その環境に身をおく時間が長ければ長いほど、どうしても守りに転じてしまうんです。だから、守るものがないうちに、飛び込め!

 

 

と偉そうに言っていますが、これは新入生だけでなく自分にも言い聞かせるつもりで書いてます。サークルを引退しもう卒業が確定している私に怖いものなんてない!!

私も新入生の心を持って常日頃前向きに頑張っていきたいと思ってます。

 

新入生、新社会人、学年が上がる人、そのまま変わらぬ環境で去年と同じ生活が続く人、それぞれ皆さん、今年も良き1年となりますように!