「籍を入れたら今の仕事を辞める」

 

今日風呂に入りながら決めた。

 

自分の職そのものが嫌いになったわけではない。

今の仕事はあんまり好きじゃないけど、経験として割り切ることはできなくはない。

 

システムエンジニアという職業は、自分にとても向いているのではないかと思って就職した。

実際向いていると思う。

辛いこともあったし仕事に行くのがきつかったり病院に通ったりしたこともあるが、

それでもこの職業が嫌だと思うことはなかった。

もっとスキルを積みたい、いろんな言語を知りたいと思うことは多く、

好奇心旺盛で(好きなことに関しては)比較的勉強熱心な私にとっては

ちょうどいい仕事だったと思う。

 

そう、だから、自分の職は退職する理由ではないのだ。

 

人間関係に疲れ、会社のあり方に疑問を持ってしまった。

 

以前の現場で心身の不調をきたした時、会社の人は本気で守ろうとはしてくれなかった。

もちろん、自分でそのくらい対処すべきだ、自己管理ができて当たり前という批判はその通りだと思う。

が、入社2年目の自分のキャパシティではそこまでの管理はできなかった。

「何かあったらなんでも相談していいよ」と言った上司には、何を話しても共感を得られなかった。

「耐えろ。」「受け流せ。」ただそれだけのアドバイス。

「はーい」とヘラヘラして頑張り続けることしかできなかった。

直属の監督者は他の会社の人だったが、人間として尊敬できるところがびっくりするくらい皆無な人間で、

私が抜けた後に残った先輩は休職に追い込まれたと聞いた。

その先輩だって、ずっとずっとSOSを出し続けていたのに。

(そして2年目の分際で私も「なんとかした方がいいのでは」と上司に忠告までした。)

どこもかしこもほんとに終わってると思った。

 

自分さえ良ければいいのだ、人間なんて。

自分以外の人間にも、自分と同じように趣味や、仲間や、家族や、友人や、恋人や、夢や、希望、

大切にしているものがある、という、至極当たり前のことがわからない人間がこの世には思ったより多くいる。

幼稚園や保育園でも習うでしょう、「おともだちのきもちをかんがえようね」って。

そんな頭のネジの外れた、園児以下の倫理観を持った大人の相手をすることに辟易としてしまった。

 

進捗の遅れをオンスケの私のせいにしてくる人、機器の不調が云々と言って面倒ごとを全部押し付ける人、

自分の担当した仕事を放棄する人、約束を破る人、全く身に覚えのない指摘をしてくる人・・・

いちいち相手してたらやっとられんわ!という気持ちになってしまった。

 

うちの会社は、事業部や会社全体への提案を随時募集していて、制度面やらなんやら改善点を毎回書くようにしているのだが、

それだって95%は却下される。訳わからん理由で。

募集してるのそっちやないかい。ほぼ全部却下するくらいなら募集すんなよ。という気持ちになる。

若い世代からの意見が欲しいとか言っといて、全く受け入れる気などないのが見え見えである。

こうも毎回毎回却下されていると、モチベーションも会社への期待もだだ下がりなのよ。

「どうせ書いたって却下だもん、ムダムダ!」となってしまう。

 

この提案の作成だって、我々は時間外労働でやっていますからね、やってらんねーなおいという気持ちになる。

それでいて給料は上がらない。マジで上がらない。

会社に貢献するようなことをかなりやっている(つもり)、積極的な人間である私ですら(?)

このざまなので、絶望的である。

あ、会社に貢献したはずの仕事の評価、夏のボーナスに含まれるんだけど、

この最低最悪な不景気でちゃんと出るのかな?全く期待できないね☆

 

それほど大きな会社でもないので、不況の煽りは受けやすいというのも退職を考える一因であったりする。

というのも、私の配偶者となる人も同じ会社に勤めているのだ。

あって欲しくはないが、もし万が一、会社が倒産などということになったら・・・などと考えると、

リスクは分散しておきたい。

もし万が一、などという書き方をしたが、これは意外と現実味を帯びていなくもない話で、

もしリーマンショックみたいな「IT業界大不況!」みたいなのが来たらほぼ確実に詰む。

コロナで生き残れるのかが心配である。

まあ私は幸いスーパーポジティブ人間なので、「倒産とかほとんどの人が経験したことないだろうし、

人生のいいネタになるのでは」とか思っている節もあるのだが、

もし今後両親や祖父母が病気をしたり介護が必要になったりしたら、

あるいは自分に子供ができたりしたら、と考えると、人生のネタ作りをしている場合ではないことに気付かされるのである。

 

この辺りが退職を考えている要因である。

 

別に悪い会社だと思ってはいない。人間的には「基本」恵まれた会社だと思う。「基本」は。

私が外れくじを引いただけだ。

周りからすれば「ドンマイ!」としか思えないだろうが、引いた本人にとっては大ごとなのである。

 

仕事を辞めたとして、その後どんなことを職にしたいか、ひいてはどんな人生にしたいか、

これからじっくり考えていかねばならない。

そのためには、いろんなことに挑戦しておきたいと思う所存だ。

 

とりあえず、「籍を入れたら今の仕事を辞める」。

これを心に決めた日ということで、ここに記しておくことにする。

 

 

 

久々に文章を書く。

 

最後の更新が2017年だから、2年ぶりくらい?

この2年間いろんなことがあった。

社会人になって、自分を取り巻く環境が劇的に変化したのだ。

 

昨年の4月、新社会人として就職した。

右も左もわからず、ただひたすらにがむしゃらに頑張った。

頑張ったという言葉はあまり好きではないけれど、でも自分は頑張ったと褒めてやりたい。

 

自分を変えたかった。

 

人といてもどこか馴染めなくて孤独を感じるような、

論理的で理性的で厳しいと評価されるような、

どんなに相手を好きになっても心の底からは信じることができないような、

そんな自分が嫌だった。

 

自分に自信がない自分も嫌いだった。

 

過去に言われた言葉、冷たい視線、嘲るような声、

そういうものがいまだに棘になって刺さっている。蔓のように足元に絡みついている。

一歩を踏み出そうとしても躊躇してしまう。過去のしがらみなど捨てればいいとは頭ではわかっている、嫌という程。

 

ずっとそうやって戦ってきたけど、その戦いに終止符を打てた気がした。

気がした、というのは、多分本当に100%克服できた、打ち勝てたという訳ではないからだ。

何かの拍子でうまく立ち行かなくなる日だって来るかもしれないから。

でもまあ、小休止状態だっていいだろう、将来の事を悶々と考えていたって仕方ない。

今とりあえず気持ちを楽に過ごせているだけで御の字だ。

 

学生時代から引き続き今の今まで深い親交のある友人に「明るくなった」と言われた。

もともとそれほど暗い人間という訳でもない。確かに見た目は根暗のそれでしたが・・・。

見た目も含めて、なんだか明るくなったと言う。

自分でもなんとなくわかる。ちゃんとなりたい自分に近づけたからだと思う。

 

社会人になってわかったのだ。

「世の中にはいろんな人がいる」ということ。

そうやってまわっていること。

意外とどんな人でも受け入れてもらえること。

そして自分も、その一員になれること。

自分をちゃんと見てくれる人は、意外といること。

自分が見続けたいと思う人もちゃんといること。

敵や理不尽もたくさんあるけど、仲間や味方や楽しさや幸せもたくさんあること。

 

それに気付いて、少し明るい気持ちになった。捨てたもんじゃない、世の中。

 

まだまだ未熟で完璧ではない歪な人間だけど、そんな自分でもいいやと思えたし、

変えたいなら変わったって大丈夫だと思えた。

自分を大切にしてくれる人がいて、大切にしたいと思う人がいて、

逆に自分を傷つけようとして来る人もいた。

誰とどういう距離感で付き合うのか、そういう取捨選択を自分の意思でやったって構わないのだ。

 

自由だ、と思った。

素晴らしい自由だ。

 

自由というのは必ずしもいいことばかりではない。

判断には思考と責任が伴う。

それでも、棘の痛みを忘れられず、絡みつく蔓を断ち切れなかった私にとっては、

とげぬきとキズ薬とハサミを手にしたも同然だった。

どこまでも走れる気がして、そんな無敵感のまま、時には転んで怪我もしながら今も突っ走っている。

そんな毎日を過ごしている。

 

 

 

 

 

なんだかすごく腹が立った。普段そうそう腹を立てることがないので記録しておこうと思う。

 

Twitterにも書いたけど、今日1日「知らんがな」と思うようなことが立て続けに起こり、私自身も状況がよくわからないままに振り回された。まあそれ自体は別に腹が立つことではない。いつものことだから。

 

 

コミュニケーションが致命的に下手だと思う。私もだけど同等かそれ以上に周りも。

 

なぜ聞かれたことに対して返事をしないのか。こっちが質問形式で聞いてるのに自分の意思表示をしないのか。黙っていられると何にもわからないということがなぜわからないのか。誰かが質問したり意見を募ったりしてる時に応えてあげないのか。

 

 

私は中高と吹奏楽部で、先輩後輩の関係が厳しい中で生活してた。返事やリアクションをしなければ怒られるし、意思表示をしなければ自分の案は通らない。

この環境が良いかどうかは一概には言えないけれど、人と何かについてやりとりをする時、賛成なら賛成、反対なら反対と自分の意思表示をすることは最低限のマナーだと思う。思うっていうか、常識ですらないよねそんなこと。黙ってれば賛成?ありえないそんな解釈。

 

中高時代は周りにも同じような境遇の子が多かった。だから何かしらアクションを起こしたら、それがいいとか悪いとか、何かしらのレスポンスをくれる。

大学に入って、本当にこれができない人ってたくさんいるんだなと思った。「いや別にやろうと思えばできるし」って人がいるなら、「親しき仲にも礼儀ありって言葉、知ってる?」と尋ねたい。

 

自分が仕切る側になってみればわかると思うけど、リアクションがないのってすごく怖いし嫌だ。何か言ってくれと思う。この年まで生きてれば、1回や2回、仕切る側に立ったことくらいあるはず。その大変さもわかるはずなのに、なぜ協力してあげないのか、全く理解できない。自分が仕切る時は周りが従わないだとか締め切り守らないとか散々愚痴を言ってたのに、今自分がその「厄介な奴」と同じことをしていることになぜ気付かないのか。

 

 

まあ私自身、見えないところで話を進められるのがすごく嫌い=ちゃんと皆が納得する形で話を進めたいっていう、ある意味面倒な考え方をするのはわかってる。リアクションを返さない人がいる限り先に進めないんですよ。ごめんなさいね。

 

自分にとっての常識は他人にとっての非常識だというのはとてもよく心得ているつもりだけど、さすがにこれくらいは常識であってほしいと思う。

 

高校野球が好きだ。

 

と言うと、私を知る人は「えっ?意外」と思うかもしれない。

 

私は根っからの文化系人間で運動神経は良くないし、体育系のクラブに入ったことはない。かろうじて水泳を習っていたくらいだ。文化系体育部なんて言われがちな吹奏楽部に入っていたり、両親や親戚は皆スポーツ系の人だったりするので、結構考え方はそっち寄りな部分もあるけれど。

 

吹奏楽部と野球部にはちょっとした接点がある。夏の予選では、試合の応援に駆り出されるのだ。上に屋根もない、死ぬほど暑い球場で、自分の学校の回に応援歌を演奏する。映画『スウィングガールズ』なんかを観たことがある人はわかるかもしれない。

 

私は中高一貫校に通っていたので、6年間予選を観に行った。で、精一杯応援した。(受験生の時も自主的に行った。)

野球応援はとても好きなイベントだった。普段屋内で演奏することがほとんどなので、外で演奏できる開放感は格別だったし、我がパーカッションパートは1番前で観戦することができていた。先輩後輩関係なくいいろんな打楽器を触れるのも面白かったし、なんなら梱包作業なんかも皆で協力し合った楽しい思い出だ。

 

野球そのものというより、「夏の高校野球」というイベントが好きと言った方が正しいかもしれない。

 

 

もう1つ、夏の高校野球を見入ってしまう理由がある。

私の弟の母校がかなりの強豪校で、毎年県予選でかなりいいところまで行く。埼玉県の学校だが、弟が在学中には甲子園に出場した。私自身は居住地も母校も千葉県だが、千葉県と同時並行で埼玉県の予選もチェックしている。

 

そうやって2県を中心に試合の中継を観ていたら、すごく面白いなと思うようになった。中学生や高校生の頃は自分と同年代の選手が活躍している姿に「すごい」と驚き感動したし、今では自分より年下の高校生たちのひたむきな姿と「この場」に立つまでに重ねてきたであろう練習や試合、踏み台にされてきた高校や選手に思いを馳せ、熱くなる。各都道府県や地域の看板を背負って、全力で戦う高校球児を見ていると、こちらまで元気をもらえる気がする。

 

 

負けた方が可哀想とか、私はそんな風にはあまり思わない。スポーツだから、試合だから、どちらかは勝つしどちらかは負ける。仕方のないこと。でもどちらも一生懸命やってきた、その姿勢に拍手を贈りたい。

 

頑張ってる姿は美しい。その姿こそ正しいものだ。そうだと思いたい。私の心理が表れている気がする。だからこんなに高校野球に夢中になれるのだろう。

 

 

 

2017年大会の決勝は、広島の広陵高校と埼玉の花咲徳栄高校の試合だった。4-14で花咲徳栄の勝利。埼玉県、夏大会では初の優勝。本当におめでとうございます!

 

来年の100回大会でも、また熱くなるような試合が見たい。もう8月も終わりですね。

 

今日の夜ご飯はマグロとかサーモンとかアボカドとかが乗った丼物で、私の大好物だった。結構食べる事ができた。その点は昨日より良くなった。

 

 

また、体調が地に堕ちたように悪くなっていた。

 

以前に検査してもらっているが、多分身体そのものが悪いわけではないんだろうと思う。

 

 

一昨日だったか、偶然作家の中島らもさんのウィキペディアを見ていて、「離人症」という言葉を見つけた。とても惹かれた。調べてみると、私が度々感じる症状と全く同じものが言語化されていた。

 

昨日はこの症状が酷くなってしまい、夜ご飯が最後まで食べられなかった。身体がしんどくて、なんとか「離人症」とググった画面を親に見せ、「これに近いと思う」と伝えた。

自分の言葉では説明できない症状だ。離人症っぽい感覚は結構昔から感じる事があった。自分が自分でないような感覚。自分のことなのに他人事のように、実感の湧かない感覚。体と心が別のものになってしまったような、不思議な感じ。なのに頭は正常に働いていて、日常生活には支障がない。他人にはいつも通りに映るから、異常を訴えても、伝わらないのだ。とても苦しい。防衛本能の1つらしい。

 

こう書くと「メンヘラ」の一言で片付けられてしまいそうだが、別に自分の感情の浮き沈みが激しいとか、そういうことは全くない。至って元気なつもりでいる。

それでも、なんの脈絡もなく突然自分が自分でなくなったかのように錯覚する。

 

原因が何なのか、わからない。ストレスということしかわからない。心療内科に行った時に、「パニック障害の気がある」と言われていて、きっとそれにも近いのかもしれない。現に、離人症的な症状と同時に、息苦しくなったりドキドキしたりする。

もう1回病院に行った方がいいのかもしれない。病院に行って、良くなるとは言えないものだけども。

 

ストレスって言っても、一体私がどこにストレスを抱えているのかがよくわからない。大学の卒業は確定しているし、卒論だって前年度の予備論があるから、大体の方向性や内容も決まっている。就活だって終わったし、友達と遊ぶ予定もそれなりにある。もしかして、就活中の体調不良を引きずっているのか?それなら日本の就活制度を死ぬまで呪ってやる。

 

 

幸い、家族は症状がわからないなりにも理解しようとしてくれている。病院はあまり勧めないけど。話を聞いてくれるし、一緒にいろいろ調べてくれる。

 

 

今朝、母と話をした時に言われた言葉。

「S先生(私の高3の時の担任)が卒業式の日に言った言葉、覚えてる?

『頑張りすぎない』。あんたに今一番必要なのはこれかもね。」

…すっかり忘れていた、というか、恩師である先生が異動する衝撃で頭がいっぱいだった。そうか、そんな事を言ってくれていたんだ。

 

しかし、『頑張りすぎない』って難しい。私はとても不器用で、「手を抜く」という事ができない。常に0か100か。さっきまた母と、「私はマグロみたいだ」という話をしていた。いつも全力で泳ぎ続けていないと死んでしまう。それ以外の生き方がわからない。

 

先ほどの母との話し合いでは、また違う話も出た。

「いつも『いいこ』『優等生』だったからね。プレッシャーになっちゃったんだよね。お母さんも、そうだったよ。でも中学生の時、修学旅行で先生の見回りが終わって、部屋移動したりするじゃない?部屋に集合してたら偶然先生が来ちゃってね、皆隠れたんだけど、怒られて、正座。その時に『あら、Mさん(母)まで?』って言われて。その時に、『私と他の子で何で扱いが違うの?』ってカチンと来ちゃって。それからもう『優等生』でいることはやめようと思ったんだよ」

 

私は確かにずっと「いいこ」で通ってた。成績もそこそこ良いし、スポーツはいまいちだけど、音楽という特技もあるし。でも自分ではそんなに優等生でもいいこでもないことはわかっていた。よく「頼りになる」と言われるけど、強がってるだけだし実際は全然強くなんてない。周りに求められていた『自分像』と自分の自覚している現在の『自分像』、そして自分が将来なりたいと思う理想の『自分像』に乖離に次ぐ乖離が生じてしまっているのは事実だと思う。

現に、同居していない方の祖母に内定をもらった事を報告したら「へえ。でももっと大きいところ受けるんでしょ?」と言われて、とても辛い思いをした。私を過信しすぎだと思った。そもそもハナから大手を受ける気はなかったが。

 

そしてもう1つ。母は私に「法に触れなかったら、何やっても良いよ。もう22歳なんだし、あんたの人生だし。好きに生きなさい。」と言ってくれた。

この言葉ですごく心が軽くなった気がした。言われた時は堪えたけど、自分の部屋で思い出して泣いた。母は強し。

「言われなくたって好きに生きるわ!」と思っていたけれども、実際それを体現することは思ったよりも難しかった。私は「(周りの期待を汲みつつ)好きに生きる」という条件付きの生き方しかできていなかった気がする。

 

「好きなように生きよう」と思った。もう優等生である必要なんてなくて、自分のやりたいようにしよう。好きな音楽を聴いて好きな服を着て、好きに物を買おう。

音楽が好きなら、今から音楽で仕事できるようなとっかかりを考えたって良いし、文章やものづくりだってそうだ。なんでもやってみよう。好きにしよう。

 

 

最近、高校時代の恩師や、家族の言葉に助けられる事が多い。やっぱり人生の先輩たちの金言は、頼りになる。いろんな人に支えられているんだなと思う。頑張りすぎないように肩の力を抜いて生きたい。マグロみたいな生き方が悪いわけじゃないけど、せめて大好きなエイくらいの生き方をしたい。

 

明日は整骨院に行ってきます。肩こりをほぐそう。