中央道を降りて山道をひたすら上っていく。家を出た頃には姿を見せていた太陽も既に地平線の彼方へ消え去り、暗闇の中で木々の生い茂る道を進むことになった。何の変わり栄えもない林の中を横手に見ながら、つづら折れのカーブを抜けていく。
 かけっぱなしのラジオからは今日が八月十五日だからだろう、終戦記念日と銘打った番組が流れていた。
『戦争では尊い命がいくつも失われました。それらは戦争が終わった今、私たちに命の大事さを教えてくれています』
 月並みな道徳を述べられ、私は「世の殺人犯一人一人に説いて回ってくれるか」と独り言を呟いていた。
 そうしたら仕事も少なくなって楽が出来る、そんな夢物語じみたことを想像していた。
 退屈な道はなおも続く。
 ふとしたところで携帯電話を開いてみるが、やはり着信などはなく、気になっていた電波状況もそれほど悪くはなかった。改めて携帯電話と自宅へかけて見るが、やはり誰も出てはくれなかった。
 案内板も何もない交差点を右折し、しばらくするとあれほど鬱陶しく立ち並んでいた木々は勢いを潜め、道はふいに開けた。まるで木々を寄せ付けない結界でもあるかのような広場の真ん中、青白い月を臨む黒い空の下に先生の家はあった。
 私は家の脇に車を停めた。白いコンパクトカーと見慣れぬ黒いワンボックスカーが停まっていた。白い車は先生の娘である房子(ふさこ)さんのものだと思ったが、黒いワンボックスのほうは思い当たる節がなかった。
 ひょっとしたら房子さんの息子、健吾(けんご)君が車を買ったのだろうと思い、一人納得していた。考えてみれば人里離れた山の中、辺鄙な場所に住んでいるならば車は必須だし、健吾君ほどの歳ならば外へ出たがるだろうから余計欲しがるはずだ。もっとも、お客さんが来ている可能性もあったわけだが、とにもかくにも早く様子を見なければと思った私は構わず玄関の呼び鈴を鳴らしていた。
 程なくして玄関の鍵が開けられ、中から女性の顔が覗かれた。房子さんだった。
「藍原(あいはら)さんじゃないですか」
 この時点で私の考えていた最悪のシナリオは回避された。ほっとした私は安堵の溜息をもらし、用件を話すことにした。
「いえ、大した用事ではないのですが、先生いらっしゃいますか?」
 外出することは滅多にない先生だったが、一応先生に話があるという意味を込めて聞いてみた。
「……」
 途端に彼女の顔が曇った。憂いを帯び、目線が幾分か下がった。
 房子さんは四十歳を超えているはずだが見た目若々しい。可愛らしいという意味合いでは決してなく、単純に綺麗だと言ったほうが適切かもしれない。肌つやはもちろんのこと、黒く流れるようなストレートヘアーは肩口まで伸び、光沢が走り抜ける錯覚まで感じたものだ。それだけで、男の私から見れば充分魅力的だ。
 ただ、どことなく幸薄いイメージは否めず、絶えず重たそうな目蓋が彼女の清楚さと可憐さを台無しにしてしまっていた。
 その目尻が下がるものだから、余計に美貌は失われていく。彼女に陰りが感じられた。
「先生はどうかされたのですか?」
 ややあって房子さんに動きがあった。私の顔へと目線を上げた後、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません」
 彼女は謝罪の言葉を二度続けた後、思いも寄らぬことを口にした。
「……申し訳ありません。父を、紺谷敬三を殺してしまいました」



 紺谷敬三といえば、押しも押されぬベストセラー作家だった。映像化された作品は数知れず、ミステリー作家としては国内ではその名を知らぬ者はいない、言うなれば代名詞として語られるほどの人だった。
 硬質な文章から厳格な人柄と思われがちだが、人当たりは良く、優しさが溢れんばかりの顔立ちで暴力などとは縁遠く感じられ、殺人を描くとは思えないほどだった。
 先生を警護したときにはそれが顕著に現れていた。元より、切り口鋭く物事の裏側を躊躇なしに描くことが多かったため、常に向かい風に立たされていたが、代表作・ルソンに沈む大罪は映画化される前から殺害をほのめかす脅迫状を送り付けられていた。度重なる脅迫に先生は屈しなかったものの、上映サイン会の時には我々警察が会場へ出動する騒ぎとなった。名目上は身辺警護だったが、あくまでも警察としては犯人確保が主たる目的だったので、直接先生と相対出来るサイン会ならば犯人が実行に移す可能性が高いだろうと判断したからだ。
 当時から先生の大ファンだった私としては、犯人確保はもちろんだとしても、名目をそのまま借りて、この命に代えても先生を守り切ると心に誓っていた。そんな私に先生は「君は命がけで私を守ろうと考えているだろう」と話しかけてくれた。
 仕事ですから、と答えると先生は満足げにこう答えていた。
「命をかけてくれることは私としては大変喜ばしいことだよ。名誉なことだとも思う。だからこそ、君は命がけで君自身の命も守らなくちゃいけない。この喜びも名誉も、君の死で汚すことは絶対に許されないよ」
 正直参った。そんな風に言われては士気に関わる。ただ、そのときは単純に嬉しかった。おそらくは緊張を解す狙いだったのだろう。命を狙われ気が気でない状況にも関わらず私のことをも気遣ってくれた。そんな優しさに触れて、気付かないうちに程よくリラックス出来ていたのを覚えている。それまでの厳格なイメージが崩れ、新たに書き換えられた瞬間だった。
 その先生を、房子さんは殺したと言う。当然、人柄で殺人は犯さないし、何人もの多種多様な殺人犯を見て来ているわけだが、人となりをよく知っている私としては彼女がとても人を殺せるような人物だとは思えず、俄かには信じ難い話だった。